プロローグ
───幻世界アリオスランド
まるで幻想のように美しく、生命溢れる世界。
そんな世界に、ある時魔物と呼ばれる凶悪な種族を統べる『魔王』が姿を現した。
穏やかな風が吹く草原は、進軍する魔物の群れに踏み荒らされ、のどかな村や街は次々と地図から消滅していく。
人々は諦めかけていた。
もう、駄目だ。全員魔王に殺されてしまうんだ・・・と。
そんな時、彼らは現れた。
伝説の聖剣を振るう、『聖天勇者』と呼ばれた選ばれし光の剣士。
どんなものでも拳で砕く、『破壊王』と呼ばれた武闘家。
あらゆる暗器を使いこなす、『灰の死神』と呼ばれた暗殺者。
そして、パーティー中最強、あらゆる魔法を操る『魔人』と呼ばれた魔法使い。
僅かな光は世界を照らし、やがて彼らは魔王を打ち破り、世界に平和をもたらした。
それから三年、彼らが何処へ向かったのかは分からないが、とある王国で噂が流れ始める。
『伝説の〝魔人〟が、フレイア王国という国で鍛冶屋を営んでいる』
・・・と。
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「えーと、あとはこれをこっちに・・・」
まだ日が昇って間もない時間帯。
一人の少女が、何やらバタバタと走り回っている。
季節は春、まだそれ程気温は高くもないというのに、少女の額からは汗が滲み出ていた。
「よし、準備完了!」
やがて、彼女はそう言ってタオルで汗を拭き、そのままそれを首に巻く。そして扉を開けて外に出た。
「うーん、今日もいい天気・・・」
肩にかからないくらいの茶色の髪に、朝日が反射して美しく輝く。心地よい暖かさに、少女は頬を緩めた。
「おい、エリィ。朝っぱらからガンガンうるさいぞ・・・」
そんな時、後ろから声が聞こえ彼女は振り返る。そこには、眠そうに目を擦る赤髪の青年が立っていた。
「おはよう兄さん。でも、お仕事するんだから仕方ないよ」
「今日は休みでもいいんじゃないか?眠くて自分の指を叩いちまいそうだ」
「その時は私が手当てしてあげる」
「ほう、それはいいな」
赤髪の青年はぐっと伸びをすると、おぼつかない足取りで建物の中へと戻っていく。
それを見ながら、エリィと呼ばれた少女は苦笑した。
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「よう、エリィちゃん。今大丈夫かな?」
「おはようございます、ラックさん。時間になっているので大丈夫ですよ」
「そうか、ならこれで刀を作ってもらいたいんだけど」
「はい、分かりました」
エリィがラックという男から、あるものを受け取る。そして彼女は奥にいる兄のもとへと向かった。
「兄さん、ラックさんがこれで」
「聞こえてた。刀を作って欲しいってな」
「うん」
「了解、数分待たせる」
エリィからあるものを手渡された青年は、それを机に並べ始める。
「ふむ、炎石にアルマトカゲの鱗か」
そしてそれを、魔法を使ってふわりと浮かせた。それを見たエリィは手を合わせる。
「わあ、最近兄さんの魔法見てなかったから、なんだかドキドキしちゃうなぁ」
「大した魔法じゃないけどな。まあ、とりあえず始めようか」
そう言って青年が棚から玉鋼を手に取り、それを熱気を放っている炉に入れた。
しかし、青年はそれも魔法で浮かせているので、玉鋼はふわふわと浮かびながら熱されていく。
「ふう、また鉄とか玉鋼を貰いにいかなくちゃいけないな」
「ふふ、それは私がやっておくよ」
「それは助かるな。っと、そろそろか」
青年が熱された素材を炉から出し、石の板の上に置く。そしてその上に先程受け取った石と鱗を乗せ、再び魔法を唱えた。
石の板に魔法陣が描かれ、二つの素材が融合していく。それを見てエリィは目を輝かせた。
「うわぁ、いつ見ても凄いなぁ・・・」
「大したことじゃない」
そう言って青年は槌を持ち、複数の素材が合わさって出来たものを勢いよく叩く。それにより、カーンカーンと、聞いていて心地いい音が周囲に響く。
「さて・・・」
その後、他にも様々な工程を経て出来上がったものを、今度は叩いて伸ばし、形を整えていく。
「普通なら、ここまでするのにもっと時間がかかるのに、やっぱり兄さんの魔法は凄いよ」
「これは一種の錬金術かもな。何時間もかかるところを、たった三分程で終わらせる事が出来るんだから」
やがて、青年は出来上がった刀を研ぎ、出来栄えを見て頷いた。
「こんなもんだろ。それと、この鞘に丁度収まるはずだから、これも渡しといて」
「うん、分かった」
青年から鞘に収められた刀を受け取り、エリィは向こうで待つラックのもとへと向かう。そして出来上がった刀を笑顔で手渡した。
「お待たせしました、えーと、兄さん」
「なんだー?」
「名前とかはないの?」
「硬炎刀」
「・・・です」
「はは、ありがとな。これ代金ね」
エリィに通貨を渡し、手渡された刀を鞘から抜いてラックは目を見開く。
「相変わらずすげえな。こんな完璧な武器を、短時間で完成させる腕に魔法・・・、ここがまだ知られてない所だからいいけど、噂が広まったら大繁盛だろうな」
「ふふ、でしょうね。でも、兄さんったら、人がいっぱい来るのは嫌だーって言うから・・・」
「あいつらしいねぇ」
エリィが振り返り、奥にいる兄を見つめる。
あれだけの作業をこなしたというのに、汗一つかいていない不思議な兄。血の滲むような努力を重ね、ようやく人々が手に入れる事が出来る『鍛冶スキル』。
しかし彼女の兄は、魔法と鍛冶を合わせることで、誰にも真似出来ないような方法で武器に命を宿す事が出来る。
「それじゃ、また来るぜスミス兄妹。奥にいるスクードにも礼を言っといてくれ」
「はい、それではまたお越しください」
手を振り去っていくラックを背を見送り、エリィは兄のもとへ向かった。
「お疲れ様、兄さん」
「ああ、エリィもな」
「私は別に何もしてないよ」
「いや、エリィが居るから客達はみんな笑顔になれる。エリィが居てくれてこその鍛冶屋だ」
「そ、そんなことは・・・」
褒められて、エリィが頬を赤らめる。
「さて、今日はまだ始まったばかりだ。まだまだ頑張るとしようか」
「うん、兄さん」
とある王国に、まだ一部の人達にしか知られていない、小さな鍛冶屋がある。
やがて世界に名を轟かせる事になるその鍛冶屋を営んでいるのは、スクード・スミスとエリィ・スミスという名の兄妹。
常識では考えられない方法で武器を生み出すその鍛冶屋を、人々は『魔法使いの鍛冶屋さん』と呼んだ。