命日
もし、マイナンバーで起こりうる怖いことを考えた時に思いついたことを小説にしてみました。
「あなたの毎月の保険料は30万円になります」
その言葉に僕は驚愕した。毎月の保険料は平均で2万円程だと知っているし、実際に自分の親がそれぐらい払っていることを知っている、だから恐れることもなく保険会社の窓口に来たのだが、「30万円」15倍だ。明らかにおかしいと思った。さすがになにかの間違いだろと。けれどテーブルの向こうに座っている彼女は何事もなく、平然とそれを僕に告げた。
「なにかの間違いですよね?」
間違いに決まってる。30万だって?ふざけろ
体は強いほうだと自分でわかる。インフルエンザにだってなったことないのだから。
「ちょっと待ってくださいね」
テーブルの向こうの彼女はノートパソコンを操作した。
その後放った言葉に僕は驚愕なんてものではなく、恐怖することになる。
「あなたは寿命が65歳ですね。それからガンの発症率が90%、そしてこちらが生涯発症する確率の高い病気の一覧です。」
彼女はまた平然と、それを仕事スマイルで僕に告げた。
は?思わず口に出た。
「はい、こちらのデータは先程提示して頂いたマイナンバーからあなたのDNAの塩基配列を調べた結果になります。」
今度はノートパソコンの画面が中学の理科で見たような2本の線が螺旋状になっている画像が映し出される。
理科は全くの苦手教科だった為、それをみてもアデニンだのチニンだのニンニンだのそんなことぐらいしかわからなかったが、それによって病院の発症率を割り出していることは覚えていた。
そしてこのDNAの情報は全てマイナンバーで全てわかることを思い出した。
本当に、マイナンバーって万能だなとむしろ褒めたくなった。
「しょうがないですよ、2015年にマイナンバーが使われ始めてから35年後の2050年にDNAまでマイナンバーでわかるようになり、ある意味で電話番号や住所なんかよりも極秘にすべきな個人情報がこうして見れるようになってしまったのですから」
彼女は先程までの仕事スマイルをやめて、僕に同情していた。しかし、仕事といえどこんな事やりたくもないだろう。僕は彼女に同情したくなる。
「あら、ありがとう。あなたって優しいのね」
このご時世、こんな話テレビなんかで見たことがなかったわけじゃない。頭のどこかでそれを覚悟していた筈だ。今の僕にはそれを受け入れることしか出来ない。それに反抗することはマイナンバーを否定することになり、政府に反逆していることになる。政府の力が強くなりすぎでいるこのご時世、それは少なからず自分に危険がありすぎる。
とは言っても現在ニートの僕には毎月30万円なんて払えるはずがない。
諦めることにした。僕は大きくため息をつく。
「シュワルツェネッガーが完全武装してシステムを破壊してくれないものですかね」
「この歳でシュワちゃん知っている人なんて少ないわよ、珍しいわね、ターミネーターとか好きかしら」
「いや、少しマイナーだけどコマンドーが好きだね。ジョンメイトリクスの娘みたいに今の僕を救って欲しいよ」
彼女は少し笑うと
「なら私はベネットかしら」
「そうかもね」
2人で笑った。その時はさっきまで感じていた恐怖なんかは忘れていた。それは彼女もおなじことだろう。
「でも、ジョンメイトリクスが来るのを待つよりも自分がジョンメイトリクスになってベネットを倒す方が良くないかしら」
「僕は君をころすのかい?」
「そうね、でも、そっちの方がきっと”刺激的で楽しいわ”」
僕は笑った。愉快だなと思った。なれるならなってみたいと思った。けどそんなこと出来るはずがないし、僕にはできる自信が無い。
彼女は腕時計を見た。
「そろそろね」
彼女にも都合があるのだろう。こうして話すのは終わりだと思った。
すると突然。薄い板の壁で遮られた左隣で僕と同じように契約をしようとしてた大男が叫び出した。
「100万ってなんだよ!」
声は太く、低かったがそれは高層ビルの一階に響き渡った。
それをこのビルで働いている人たちは止めようと「お客様落ち着いて下さい」なんかを言い聞かせていた。
目の前に座っている彼女はそれに見向きもせず、一つの箱を取り出しテーブルの上に置いた。
「これは?」
「私からのプレゼントよ」
彼女は笑っていた。それはさっきまでの仕事スマイルではなく、彼女の笑顔だった。
少し考えてからその箱に手をかける。
開けるとそこには箱いっぱいに大きな赤く大きなボタンがあった。
「それを押せばあなたの人生は第二ステージへと、進むわ。」
彼女は少し考えてから続けた。
「今のあなたは死に、新しいあなたの人生が始まる。それをするのがこのスイッチ。」
彼女の言葉は僕には意味不明だった。意味がわからない。しかしその言葉にはどこか強い説得力があった。
もし、新しい自分に生まれ変わるなら、喜んで僕はしよう。ちょうど「僕」にうんざりしてたところだ。
「具体的には?」
「とても愉快で、楽しくてそして今のあなたが思っていることを実現できるわ」
下を向いて少し考える。汗が頬をつたって落ちた。
マイナンバーだのなんだのくだらないもので個人が侵害される世界なんて面白いものはない。そんな世界で楽しかったことなんてあったか?ーーーー答えはNOだ。
だったら僕が思ったことは1つ。
僕は髪の毛がボサボサになるくらいの勢いで顔を上げた。そして大声で
「僕はこの腐りきった世界を壊したい!!!」
僕の声は周りの声でかき消されてしまった。しかし目の前の彼女には伝えることができたようだ。
「でも今のあなたじゃできないわ。さあ、生まれ変わりましょう。新しいあなたに」
ボタンに手を伸ばした。その時、今までの思い出がフェードバックする。これは「僕」が死ぬ時の「走馬灯」なのだろうか。
それはボタンをいまにもおそうとしている手を躊躇させた。
汗が落ちるーーーー手にもう一つの手が覆いかぶさった。
それは自分の手ではなく、自分よりも1回り小さく、白かった。そう、彼女の手だ。
「ためらわないで。躊躇するなら、私が押して上げるわ」
革命はもう始まってる。彼女のそのセリフと共にボタンは彼女の力で押された。
僕の背後で爆発音がした。それとほぼ同時に熱風と強烈な風を肌で感じた。目の前の彼女は髪が風で煽られて顔がよく見えなかったが、笑っていた。さっきまでの笑とは違う、それは狂気にも似た喜びの笑いだった。彼女はひとしきり笑った後、顔を指で覆い叫んだ。
「たった今、薪田 信也は死んだ!!!」
僕はただ、呆然と彼女を見ていた。
この状況を飲み込めず、何が起こったのかさえ理解が難しい状況だったからだ。
「さあ、新しく生まれ変わった君!!!愉快なパーティーを始めようじゃないか!」
彼女は上を向いて両手を広げてそういった。
周りは爆発で燃えている。周りの人間達は慌しくあちらこちらへと走り回っていた。こんな地獄絵図みたいな状況ーーー笑っていた。
僕は笑っていた。理由なんてわからない。
こんな状況を僕は楽しんでいたんだ。
「さあ!レジスタンスへようこそ!!!」
彼女は手を差し伸べる。
一瞬の沈黙。周りは人の悲鳴や物が燃える音でとてもうるさかったが、僕ら2人のこの窓口では周りの音なんて気にしなかった。
迷うことなく。彼女の手を思い切り握った。
彼女も、僕もその時盛大に笑った。この状況を楽しんでいたんだ。
「悪いけど」
彼女の顔はいきなり冷静さを取り戻し、口を開く。それはとても小さな声だったが僕には耳に入った。
「腕、飛ばすよ」
その言葉と共に僕の左腕は血と肉や骨を粉々にして散った。
こうして僕だった「薪田信也」は死んだ。6月13日、それが僕の命日だ。
そしてその6月13日は「オレ」の生まれた日だ。
はじめまして苗代研磨と申します。
今回は軽快な音楽が流れてきそうな第1話を書こうと思い、それができるように頑張りました。それができたかは自分ではよくわからないですが、是非感想とか頂けたら幸いです。
コマンドーネタを入れて見たのですがわかる人ってかぎられますかね、それが少し不安です。
今作は不定期の予定なのでまったり付き合っていただけたらなと思っています。