表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

銀のロザリオ-前日譚ー

 銀のロザリオ -ビギニング―


 私は化け物になった。

 鬼というのは、人間が負の感情を溜めて爆発した姿である。ある人は、人に絶望し鬼と化した。かくいう私も人〈私の周りすべての人間〉に憤怒し、絶望したから今の姿、つまり言うところの鬼という奴になった。

 現在、私の前には、私を討伐しに来たという青年が一人いる。こんな山奥の秘境までよく来たと感心した。周りには、森が形成されていて、上を見れば晴れの空が、垣間見える。青年の方に視線を移した。

 端正な顔立ちをしていて、紅の髪をポニーテイルにまとめ上げていた。丈が膝下まである白色のロングコートを着こなし、右手に西洋で最もポピュラーな剣を握っていた。  

 何故かは知らないが私のことを憐れんだ眼差しを向けている。その目に私は激しい憤りを覚えた。なぜ人間のくせにこの様な目を向けられるのか。


「おい人間。私になぜ憐れんだような視線を向ける」


 ゆえに私は、問うた。しかし名も知らぬ人間は答えようとしなかった。呆れたことに別のことを言い出す始末だ。


「俺の名前は伊庭白尾。六王機関所属日本支部六王だ。……まあ今の肩書きは『ホープ』創設者だがな」


 伊庭白尾と名乗った人間は、武器を消して一歩また一歩と私の方へと歩み寄ってくる。これは人間お得意のだまし討ちという奴なのだろう。私は元々人間であったがために奴らのことなら知っている。人間は狡猾な生き物なのだ。

 私は殺気を放った。それでも伊庭白尾は止まらない。


「そういえば、さっきの問いに答えてなかったな。理由は白鬼、あんたまだ人の心が残っているのに強がっているからだ」


 何を言っているのだこいつは。今の西暦は2010年。私が人の柵を壊して輪廻の枠から逸脱し、鬼と化したのが609年だ。そう私が鬼と成り果ててから千年の時を超えるほど、鬼として生きてきた。人も喰らってきたし、国すらも滅ぼしたこの私にまだ人としての心が残っているだと……? 


「人間よ。それ以上言の葉を発するならば、殺す。今ならまだ許してやろう。私の気が変わらないうちに消え失せろ」


 そう最後の警告の言葉を低い声で告げた。私が本気を出せば、伊庭白尾なる人間なんぞ刹那の時を数える間に殺せる。奴もそれを人間の本能で理解しているはずなのに、なぜ奴は口角を釣り上げて笑っているのだ。私を馬鹿にしているのか?


「やっぱりあんたはまだ人だ。完全に堕ちてはいねえ」


 その言葉を聞いた瞬間、私の中で理性が弾け、地面が抉れるほどの力で大地を蹴った。

 右腕が伊庭白尾の顔面を捉える寸前。


「ッ!?」


 私の拳が奴を打ち抜く前に、姿が消えた。

 そして、気が付けば私の横腹に、重い蹴りが一発、二発三発と入れられていた。鋭い痛みがそこを中心に広がり、口から血が出る。

 痛みに顔を歪ませる。何百年ぶりだろうか私に傷がつけられたのは。思わず笑いが込み上げてきた。 

 私は伊庭白尾の姿を探すために気を探る。するとちょうど少し離れた前方にいた。


「俺は、そう簡単には殺せないぜ? 」


 そう言うと伊庭白尾は、私に向かって走り出す。 


「久しぶりに私が本気を出せる人間が来たとはな」」


 私は、右手に妖力を集中させて、一振りの大剣を創り出す。その大剣の刃は、ボロボロで切るという行為においてまったく向かない物だった。しかしこの大剣でいい。かた私にとってこの大剣こそが長年連れ添ってきた相棒なのだから。片刃で切っ先の峰が半円の形にくり抜かれている。持ち手は布が巻きつけてあるだけの簡単なものではあるが、これが一番手に馴染む。

 この大剣と私の腕力で幾多の生物を屠ってきた。

 私の目の前にいる伊庭白尾も例外ではない。

 静かに目を閉じて、私は集中力を全開にまで高める。そしてゆっくりと瞳を上げると、伊庭白尾が私に西洋剣を振り下ろそうとしていた。その刹那、私は大剣の柄を持ち上げて、彼の攻撃を防いだ。その時に生じた余波のせいで、周りの木々がざわつく。

 数回、伊庭白尾と剣戟を交わしてわかったことは、あれは人間という生物を超越した強さを持つということ。二つ名でもつけるとしたなら『人類の臨界者』だろう。人としての身体能力をすでに超え、鬼である私と互角以上に張り合える数少ない存在。


「なあ! 聞いてくれよ。俺さ。人を助けたくて、六王機関に入ったんだ」


 ……? いきなり何を言い出したんだこいつは。人を助けたい? そういえば、私はなぜ鬼になったのだろうか。人に絶望したことは、まだ覚えている。しかし、それ以外は分からない。 

 伊庭白尾が言っていることは、広く言えば正義のことだ。

 正義……。それを心の中で唱えた瞬間、私の心の底で何かが、激しく浮き上がってくる。私は、伊庭白尾との戦闘を忘れて、物思いにふけた。


「やっと思い出そうとしだしたか。思い出せ、自分がどんな存在になりたかったのかを」


 その浮き上がってきたものは、記憶だった。

 まだ私が人間だった頃。私は普通の親から生まれ、普通に育った。強いて変わったことを言うならば、他の誰よりも正義感が強かったこと。しかし、その正義感のせいで私は、鬼と成り果てた。

 私が成長し、青年となった頃だった。

 私は、社会というものを目の当たりした。横行する汚職、イジメ、DV、その他いろいろな人の汚い部分。そして、一番はそれを目の前にしても、見ることしか出来ない自らの不甲斐なさに憤怒し、絶望した。

 その時から、私は力を渇望するようになったのだ。

 私は、愛する妻と子供が賊によって、目の前で殺されたときに『総てが終わり』鬼の『総てが始まった』 

 力を手に入れた私は、正義の限りを尽くした。なのに人間は、全て恩をあだで返してくる。人間という種に絶望した私は、幾つもの国を滅ぼして今へと至る。


 そうか。私は元々、正義を体現しようとしていたのか。私の中でもやもやとしていた

 部分がだんだんと晴れてゆく。それと同時に体から銀色の閃光が空中を駆け巡った。あまりの光量と眩しさに目を閉じずにはいられなかった。


 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


 俺の目の前で一人の鬼が生まれ変わろうと……いや、戻ろうとしている。俺が、憧れた正義の体現者『白鬼』へと。



 〈むかしむかし、ある村では、悪い妖怪に悩まされていました。そんな暗闇が支配する村に一人の青年が現れました。村人たちは危険だから近寄らないほうがいいと忠告しましたが、青年は全く話を聞かず、ひとこと言いました。


「悪い妖怪に悩んでいるのでしょう?」


 村人たちは、青年の真剣な目に吸い込まれます。そして、青年に悪い妖怪のことを話し始めました。青年は聞き終わると無言で立ち上がり、満面の笑みを村人たちに見せます。なぜそのようなことをしたのか疑問に思った村人たちは、笑顔の理由を尋ねました。

 その質問に対して、青年の返答はこうでした。


「安心してほしかったからですよ。悪い魔物は私が倒します」


 村人たちは呆気に取られて、開いた口が塞がりません。青年はそのまま、悪い魔物が現れるまでこの村に居つくことを決めました。


 そして、月が満ち天上へと上がる頃、ついにその時は訪れました。村人は、村に現れた鬼を見るや否や、心が恐怖の色に染まってしまいます。慌てて村人たちは、青年を呼びに行きましたが、青年の姿がありません。村人たちは、裏切られたと憤慨しました。しかし、一人の童が声を上げました。


「神様がいる!!」


 その声に反応して、村人全員が振り向きます。本来ならその方向に見えるのは、人食いの鬼です。でも、村人たちが見たのは、銀色に輝く一人の青年でした。額に二本の角、人間が作りし物とは思えないほどの衣を、見事に着こなしています。銀の髪、緋色の瞳はさらに青年の神々しさを、際立たせていました。青年の右手には、これもまた人間業と思えないまでに素晴らしい大剣が、一振り握られています。青年の佇まいは、まさに神のようです。付け加えるなら鬼神。

 青年は、村人たちを一瞥すると鬼ヘ向き直ります。

 青年の強さは圧倒的で悪い鬼をすぐに退治しました。村人たちは、青年が去ってからも彼のことを崇め奉っています。石碑に記されていた名前は『      』

 青年は、今もどこかをさまよい誰かを助けているのです。

 めでたしめでたし〉


 俺はそんな昔話を聞いて、育ってきた。いつか彼のように助けを求めている人へ手を差し伸べてあげるために。六王機関に入ってからは、彼のことを調べ始めた。俺も六王機関に入るまでは、昔話に過ぎないと思っていたのだから。しかし六王機関で白鬼のことを調べてゆくにつれて、でできた言葉は『災厄の鬼』 『天災』 『最恐最悪体現者』 『最忌むべき存在』 そんな悪い言葉だらけだった。俺は、そんなことを信じたくなくてここまで来た。     

 六王一人となった今、一人で来ることも出来る。もしものことを考え、未来の子供たちの育成もしている。

 弱き人たちを守るために、俺が憧れて理想とした白鬼の意志を勝手ながらに継いで。

 そして今、目の前に俺が憧れてやまない彼が正義の姿に戻ろうとしている。そのことが心から嬉しくて、勝手に涙が溢れてしまう。白鬼を中心に銀色の光と強烈な風が吹き荒れて、周りにある木々を揺らしていた。


 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


 閃光と風が止み、私は目を開けた。

 見下ろすは、自らの姿。見事な作りの狩衣を着ていて、髪の毛もかなり伸びていた。それに髪色が、黒から銀へ。右手に握っていたのは、ボロボロの大剣ではなく、新品同様の輝きを取り戻していて、形自体も柄頭が消え去り偃月刀が足された感じになっている。

 私の姿が、妙に懐かしくて自然と笑みが零れてしまった。私の前には、武器を仕舞った伊庭白尾が泣きながら笑っている。大の大人が情けない。


「やっと、会えた。俺の目指した正義の体現者に……」


 私は目を見開いた。今、この青年伊庭白尾は、私のことを『正義の体現者』と言った。私は自分のことを何も話していないのに。なぜ?


「俺は、あなたの事なら知っています。あなたがなぜ鬼に成ったのかも、なぜ暴虐の限りを尽くすことになったのかも。何もかもすべて」


 えっ。私の中で驚きが鳴りやまない。


「私は、あなたに憧れて、強くなろうと決めたんだ。俺は、あなたの想い意志、その全てを継ごうと。俺は、あなたのような正義の味方に成りたくて。そして今、俺はあなたを救いにここに来た」


 私に憧れて? 伊庭白尾は、泣きながらもとてもいい笑顔で私に言ってくれた。そうか。私のやってきたことは無駄じゃなかったのか。感情が高まってきた私は、頬に何かを感じた。頬を指で拭うと、少量の水があった。

 それは涙。とうの昔に枯らしたはずのもの。

 私が涙を流していると理解した瞬間、私の中に居座っていた黒いものが消えて、嗚咽混じりで泣き出してしまった。


「人間よ。ほんとにありがとう。私の意志を継いでくれて。あと一つ。私の願いを叶えてくれないか?」


 伊庭白尾は首を傾げ、なんですかとひとこと言った。


「久しぶりに全力で楽しく戦いたい。伊庭白尾、君の強さを見込んで頼む」


 きっとこれで最後の戦いになるだろう。私の体は、もうすでに限界なのだ。妖怪とは言え、元々私は人間で完全な妖怪ではないのだから。千年も生きたなら十分すぎるくらいだ。


「俺でよかったらいくらでも相手になります」


 そう言うと伊庭白尾は西洋剣を出現させて身構える。私は感謝の意味を込めて、伊庭白尾に頭を下げる。そして私も大剣を構えた。

 しばらくの間、静寂が森を支配する。私の目は、伊庭白尾を捉え、逆に彼の視線は私に集中し、お互い石になったかのように全く動かない。


 私と伊庭白尾の間に一陣の風が駆け抜けた。まるで、試合開始と言っているかのように。


 その風を合図に、私と伊庭白尾が動く。

 剣と剣がぶつかり合い、火花が飛び散る。伊庭白尾の攻撃は、的確かつ重い。私の使っている武器の特性上苦戦するのは、覚悟していた。右から振り下ろすも真正面から受け止められる。常人なら目で追うことすら不可能な速さで、剣戟が繰り広げられている。

 短い気合の声とともに地面を蹴り、思いっきり剣を振りかざす。しかし、それを寸前で避けた伊庭白尾は、バックステップで距離を取ろうとした。


「逃がさない!」


 私は更に奥へと踏み込み、距離を詰める。横に切り払った。しかし、感触が全く感じない。代わりに感じたのは、腹部に走る鋭い痛み。視線を落とすと剣が刺さっている。


「白鬼さん。ちゃんと本気出してください」


 しゃがみ込んでいる伊庭白尾が、少し不服そうな表情を浮かべて、こちらに視線を送っている。まあ、彼の言う通りで本気ではない。けれどそれは、仕方ないことなのだから。全快状態にあっても、もう昔のような力を出すことができない。でも彼への感謝を表すために多少無理というものをしてみよう。


「いや、すまない。これから今出せる全力で戦うよ」


 内に潜んでいる全妖力を解放し、私の体に纏わせる。全身が焼けるような痛みに襲われるも、私の精神力でねじ伏せた。私はこの『伊庭白尾』という青年に出会って、この姿へ戻ることができた。全身全霊、私の存在全てをぶつけなくては、失礼というもの。



 あれから三時間が経過し、私と伊庭白尾との戦いも終わっている。決着は、私の負けだった。彼の強さは異常としか思えない。人間の限界を既に超えて、私たち妖怪の類にまでに及んでいるかもしれない。目の前に彼が立っている。私は、疲れ果てて近くにあった切り株に、腰を下ろして、休んでいた。と言ってももう私という存在は、消えてなくなってしまうのだろうけど。体に力が入らなくなってきている。


「やはり君は、人の器というものに収まらないな」


「もしそうだとしても、俺は人間ですよ。あなたに憧れて強くなろうとしたただの人間」 


 そう伊庭白尾は、私に告げて私を見下ろす。伊庭白尾は、おもむろに服から銀色のロザリオを取り出し、私に見せた。


「これ、俺が長年身に着けてきたロザリオなんだ。だからこれには、俺の心力がほんの少し移ってる。これは、提案なんだけどさ。白鬼、あなたの魂を武器として使わせてほしい」


 私の魂を武器にか。ふむ。六王機関に所属していたんだったな。私は伊達に長い時を過ごしてきていないから知っているが、確か六王機関が使う武器は、自らの心を武器にした心象武具というもの。心の強さは武器の切れ味、強度に顕著に表れる。そして、心力に優れた者は、長年愛用した道具に、自分の心力を埋め込み、媒体の代わりとすることができる。

 しかし、その媒体の代わりとなった物へ更に、別の強力な魂を埋め込むと、もっと強くなる。

 私の魂を。私の存在意義は正義を体現し、弱き人たちを救済すること。

 正義を執行するために使うのなら迷いなどいらない。


「いいだろう。しかし、生半可な人間には絶対使わせんからな」


 私がそう告げると、伊庭白尾は私に手を差し伸べる。私がしてきたことは、今のことに繋がっているのだろう。点と点が集まって線となるように……。自信を私は持てばよかっただけなのか。

 私は、彼の手を取って流れるままに魂を、心を流し込む。

 妙に気分がいい。私という存在が未来の糧に、希望となるなら本望だからな。

 段々と意識が薄れてゆく。そして私は、鬼から希望へと成り果てた。


 私の名は白神しらがみ八代やしろ


 正義の体現者。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 戦闘シーンがいいですね
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ