七不思議
へえ、先輩もホラー好きなんですか? 結構いますよね、怖いものみたい人って。
実は私も怖い話とか超好きなんです。本当に、超がつくほどですよ。
怖い、と思うものなら何でも見ます。稲川さんが怖い話を語るだけのものも、ホッケーマスクの殺人鬼が滅茶苦茶に人を殺すようなものも、心霊写真特集とかネットの怖い話だって好きですね。
こうなるとホラーって言ってもだいぶ幅がありますよね。ジェットコースターの怖いも好きですし。あまり行きませんが。
怖い話って結構ワンパターンなのがありますよね。都市伝説とかでも、失敗したら死ぬけれどちゃんと対処法があったり、小道具として電話とか写真があるとか、トイレや夢の中みたいに決められた場所みたいなのがあるとか。
でも都市伝説の対処法ってなんだか頼りないと思いません? 紫鏡っていうのを二十歳まで覚えていると死んじゃうんですが、同時に白い水晶をセットで覚えていると死なないとか、口裂け女に合ってポマードって三回言うと逃げ出すとか。
そんなので追い払えるなら死ぬわけないじゃないですか。怖がりな人が適当に考えたって感じがして、都市伝説の恐ろしさが半減しちゃいますよ。
それで、先輩がホラー好きと見込んで私も柄になくとっときの怖い話をしますよ。対処法なんてない恐ろしい話をね……。
これは従妹から聞いた話なんですけどね、従妹は小学生で全然普通の女の子なんですけど。
名前は柊希惟って言って、ま今時の可愛い子で私にも気さくに話しかけてくれるような明るい子ですよ。
それでその、確か金崎小学校って言うところ、七不思議があるんですよ。
七不思議くらいはホラー好きの先輩は知ってますよね。大抵は六つ、学校に関する場所とかに不思議なことがあって、七つ目は大抵決まって七不思議を七つ全て知ると不幸になる、とか言うので秘匿されているんです。従妹の学校もそうでした。
でも今回の話は七つ知った従妹が不幸になるとかじゃないですよ。七つのうちの一つ、恐怖の用務員さん、って言うやつです。
七不思議っていうのは代表的なのがあるんです。知ってますよね、理科室の人体模型とか、二宮金次郎の像が走るとか、音楽室のベートーヴェンの眼が動くとか、どこかのトイレで泣き声がする、など、十中八九……いえ、七中四はほぼ絶対これで、加えてプールで足を引っ張られるとか階段が増えるとか体育館からボールの音がするっていう微妙なラインナップがそれぞれ付け加えられるんです。
そう考えると金崎小の恐怖の用務員は付け加えられた一つですね。でもこれって七不思議のひとつにするには少しイレギュラーなんですよ。何故かわかりますか?
そう、用務員っていう個人にしちゃっているんですよ。普通だったら何年経っても学校にあるだろう部屋とか銅像をモチーフにするんです、けれど用務員なんて数年で変わるでしょうし、そうなると語り継がれる七不思議として欠陥です。
それでも気になる恐怖の用務員の内容は、夜中に用務員と出会うと用務員室のロッカーにしまわれる、というものです。
……呆れちゃいました? 仕方ないですよ、七不思議なんて所詮子供が悪戯しないように脅かすものですから。他の七不思議も大体が戒めでして、七つ中の五つが夜限定ですから。
でもこれで終わりじゃないですよ。私だけじゃなくて私の従妹も結構ホラーが好きでしてね。
そう、従姉は友達数人と夜の学校に侵入して、七不思議を実際に試してみることにしたんです。
友達含めて六人、みんなプールの七不思議のために水着まで持って行ったそうです。
夜の十一時に正門前に集合だったそうです。月明かりもない真っ暗な夜、正門前に一人、また一人集まるたびに従妹は不安が減って、固く閉ざされた正門を乗り越えたそうです。
最初真っ先に目についたのは校庭にある二宮金次郎像です。当然夜ですが金次郎は走り回っていません。従妹はますます安心して友達と笑い合いました。
けれどここからが本番ですよ。プールは最後にとっておくとして、他の五つの不思議を校舎内に探すことにしたんです。
学校の仕事っていうのは結構残業がありますから職員室に明りが灯っているのが見えたそうです。けれど鍵は友達の一人がこっそりと戸締りを怠って開く窓が一つあるそうですから、用務員さんがそこをしっかり見てないと中に入れるわけです。
従妹達は無事にその教室の窓から校舎に入りました。そこでまず六人は当初の計画に則って一人を犠牲に鍵を手に入れることにしたのです。
方法は至って簡単です。一人が職員室で残っている数少ない先生達の注意を引く、その間に五人がマスターキーを手に入れて夜の学校を散策する。
この損な役回りはじゃんけんで決めたそうです。全員夜のプールパーティをしたいそうですから負けた子は本当に可哀想ですよね。
にしても、本当に怖いもの知らずですよね。七不思議も先生も怖くないんですから私が子供だった頃とは凄い違いです。
従妹は無事にじゃんけんに勝って、散策を続けたそうです。けれど予定外のことがあって鍵を手に入れるために二人も捕まってしまいました。
先生がこっぴどく叱りつけ家に電話する、その間に鍵を盗み取る、という予定だったんですが、同じように宿直していた用務員さんが一人の説教を承ったんです。それでうっかり見つかっちゃった先走った一人が犠牲になってしまったんですね。で、それぞれ先生と用務員さんから説教を受ける、これで恐怖の用務員さんは事実となったわけです、なんてね。
さて夜の学校っていうの昼間と全く違うんですよね。まず段違いに静かですし、真っ暗で先が見にくい、普段と違って誰もいないっていう状況が一層怖さを惹きたてるんですよ。
それで二階の理科室にまず辿り着いたんですが、人体模型と骨格標本を見て少し高い声をあげるだけでしたよ。
昼間や授業中に見るのと比べると暗さのせいでまるで本物の肉体のようですが、それでも彼らは昼間と変わらない姿でずっとそこに佇んでいるんです。むしろ従妹達は安心したくらいでした。
さて次に行くのは三階の音楽室です。ベートーヴェンの絵の目が光るだか動くだかするんです。
でも、ふふ、別にベートーヴェンの目が動こうが光ろうが、ピアノがひとりでに弾かれようが怖くないですよね。従妹達もそうでした。
音楽室に入ったけれど怖がることなく名立たる音楽家の肖像をじぃっと見つめていたそうです。でも微動だにしない、当然ですよね、霊なんてこの世にいないんですから。
ここで従妹は安心どころか落胆したそうです。まあそうですよね、結局は昼間の学校と何にも変わらないわけですから。
次に三階のトイレに彼女たちは向かいました。緊張が解けたといってもトイレは別格ですよね。昼でも怖い場所ですから、トイレは。
場所も指定されていますよ、三階女子トイレの真ん中の個室。流石に四人で入るには狭い場所です。
なので二人ずつに別れて入ることにしました。最初の二人が入った後で外の二人がおどろおどろしい声を出すなんて悪戯をするほどの余裕がありました。
さて、用務員は検証できませんし、あとはプールですから、実質次が最後です。
けれど体育館に向かう途中の廊下で彼女達四人は叫び声を聞いてしまったのです。
そう、それは叱り終えたであろう用務員さんの怒りの叫びでした。
たぶん叱っていた他の生徒から聞いていたんでしょうね、ジャージ姿で懐中電灯を持った用務員さんは走りやすそうな格好になっていたんです。
もう完全に恐怖の用務員さんですよ。四人は既に体育館に程近い廊下にいましたから、広くて走りやすい体育館に逃げ込もうってことになったんです。
この時ばかりはホラー映画顔負けですよね、捕まっても怒られるだけ、で済むほどみんな大人じゃありません、本当に殺されるとか火事場とかそんな勢いで走って、体育館の鍵が開かないとかでまた揉めたりして、でもなんとか体育館に入れたんです。
さて、ここから四人の女児と一人の用務員の決死の鬼ごっこが始まりました。
といってもあっさり二人捕まって、従姉ともう一人は体育倉庫に隠れて内側からつっかえ棒で鍵をかけたんですけどね。
真夜中の体育館は本当に怖いですけど、その中の体育倉庫は本当に鬼気迫るものがあるそうです。体育館はカーテンがかかっていてもとにかく窓が多いですから、月がなくても慣れれば見えるものです。けど体育倉庫は窓一つなくて、中の棒状のものをとにかくつっかえさせただけで、それが何かすら分からなかったそうですよ。
しばらくの間用務員さんは「開けなさい」とか「親に電話するよ」、「警察を呼ぶぞ」なんていう風に脅していたそうで、最後には開けろ開けろと絶叫しながらとにかく扉を叩いていたそうです。
従妹は友達と手を取り合って、どころか互いに抱き合って怖さを軽減させようとしたそうです。でもお互いの体が震えていたものですから、一層怖い想いをしたでしょうね。
やがて声が収まりましたが、彼女達も一年生じゃありません、声を潜めて用務員さんが外で待っている可能性も考えてしばらく待っていましたが、やがて眠ってしまったそうです。体育倉庫は黴臭くて息苦しいですが、マットもありますし真っ暗ですし、疲れていましたからね。
そして朝になりました。たった一つの天窓から朝日が差すと同時に、従妹は扉を叩く音と同時に声を聴きました。
「警察だ! 誰かいるなら開けなさい!!」
従妹はすぐに友達を起こしました。そして、ついに観念したそうです。本当に警察を呼んだと思ったんでしょうね、可愛いものです。
涙目になりながら二人が出ると、警察どころか二人の親までいたんですけれど、みんなも泣いていたんです。
そして言うんですよ、無事でよかった、って。
感動的な話じゃないですよ? 別に親バカが子供が心配で悪事だって気にしないなんてことじゃないんです。
警察を呼んだのは用務員さんだったんですよ、自首するために。
……ええ、彼は最初残っていた先生に一人の説教を承った時、恐怖の用務員だとかなんだという女児にカッとなって手を出してしまって、殺しちゃったんです。
そしたら数人残っていた先生も一人になってて、バレたらまずいからって用務員さんが不意打って殺して。
でその時もう一人捕まっていましたよね? その子も何人で来たかを言わせた後に殺害、そして残った四人のうち二人を捕まえてとりあえず殺したけれど、残り二人が隠れてしまってどうしようもなかった、っていう話だったそうです。
用務員さんは一晩中扉の前で、物言わなくなった友達を置いて待っていたそうですよ。けれど、朝になっても出てこないからついに諦めて自首した、というわけです。酷い話です。
……そうそう、K小学校児童殺人事件、話題になりましたよね、一時期。
あれの生き残った幸運な女の子の一人が私の従妹なんですよ。いやぁ、本当に幸運ですよね、六人のうちで生き残ったのが二人だけですし、鍵を持っていたわけじゃないですから、先に二人捕まって用務員さんの動きが遅くなってないと恐らく彼女も殺されてたでしょうね。
……柄にもなく泣いて喜びましたよ。本当に命っていうのが大切って思いますし、友達だって従妹から写真を見せられるほどの仲でした。
その後は大変でした。なんでもテレビでプライバシー保護のための擦りガラスの衝立みたいなのあるじゃないですか、あんなの使って証人喚問? とかもしたそうです。
動機はカッとなって、そして罪を隠すために罪を重ねる。
犯人の用務員さんは結局死刑になるそうです。五人も人を殺して、しかも四人は子供、学校で働く人が二人の子供に一生忘れられない恐怖を与えたんです。当然といえば当然ですよ。
……そうですね、ホラーだからといって人間が結局は怖い、っていうオチもいいでしょう?
でも本当に恐ろしいのは用務員さんだけじゃありませんよ。
というのも、そもそも語り継がれる七不思議に『恐怖の用務員』というのがあったから、それを突っ込まれて用務員さんはカッとなったわけですし、普段のストレスの原因にもなっていたそうですよ、恐怖の用務員なんていわれのない非難を受けて。
それってこの七不思議がなければ成り立たない事件だったわけですよ。みんなが面白おかしく七不思議なんて語り継ぐからこそ、それが現実のものになってしまったんです。
ね、七不思議怖いでしょ? だって一般の善良な人が七不思議のために殺人犯にまでなったんですから
やっと胸を張ってホラーだって言えるぜ! ……ええ、小心者なんです。