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私は……
の後の言葉が見つからなかった。
平野さんのこと、別に嫌いなわけではない。むしろ好意的に接してもらって嬉しいくらいだ。
しかし、それを言ってしまったらおしまいだ。
「私は、別になんとも思ってないよ。ちょっと親切だなぁって思う程度で」
「それなら、俺のことは?好き?」
誠一郎が不安になっているのはわかった。
「好きじゃなきゃ一緒にいないって」
「嘘だ。中身が入れ替わってるから一緒にいるだけだ!」
なにをそんなに不安がっているんだろう?
「好きなら、好きって証拠に、キスしてみせてよ!」
実は私たち、手を繋ぐところまではいったのだが、それ以上に発展していない。プラトニックラブなのだ。
「キスは……とっておくべきじゃないの?」
誠一郎が叫ぶ。
「どうしてとっておかないといけないの?俺のこと好きじゃないんだ?」
「どうして、って今後好きな人ができたときのために……」
「今後ってなに?!俺は沙織のことがホントに好きなのに!」
キスかぁ……誠一郎のことは大好きだけど、そういう対象じゃないというか、大事というか、とにかく誠一郎は特別な存在である。
そんな誠一郎のファーストキスを私なんかが奪ってしまっていいのだろうか?
私はある決心をして誠一郎に向き合った。
「誠一郎。私は誠一郎のことが大好き。特別なの。だから、軽々しくキスなんてしたくないの。もう少し誠一郎が大人になったら、する。それまではこれで我慢して」
と言うと、私は誠一郎の額にキスをした。
自分で自分の身体に触れるって、とても不思議。今までにない感触。
手を繋ぐときには意識していなかったが、不思議な感覚。
キスをしているとき、シャンプーの香りが私の鼻腔をくすぐる。
気がつくと、俺の息子さんまでテンパっていた。
気づかれないようにトイレにいく。
あぁ、すっかり男になってしまったなぁ……と自分の身体を見て思う。手で自然と息子さんをしごく。実に自然な流れだ。
そうして私は一回達すると、身体から力が抜けた。こんなことしたのは初めてだったから、緊張もした。
でも、それ以上に快感だった。
すぐに手を洗って、部屋へ戻ると、誠一郎はもう落ち着いていて、肉をとりわけでくれていた。
なんとかバレていないようだった。
「旨いね、この肉」
誤魔化すために話を振る。
「そぉ?安かったんだけどね」
誠一郎は素っ気ない態度をとった。
やっぱり額にキスだけじゃダメか……
でも、唇にキスなんてしたら、私は止まらなくなることがわかっていた。
「ありがと」
と誠一郎が突然言った。
「なにが?」
と聞く私。
「俺をおかずに一発抜いてきたんだろ?」
さすが、元男、わかってらっしゃる。
「いや、ごめん、その……」
「いいよ。嬉しかったから」
「えっ?なに?」
「俺をそういう対象として見てくれたの、嬉しかったから」
「そんなもんですかねぇ……」
誠一郎がすりよってきて言った。
「俺は心の準備はできてるから、いつでも、したくなったら教えてね」
その言葉の重さに私はくらくらとめまいがした。
誠一郎は覚悟ができてる……?
私にはその覚悟がない。
まず、第一どうやってするのかも知らないし。
その後は黙って黙々とすき焼きを食べた。
帰り道、なんとなく言った。
「遠回りだろうと構わない。私は誠一郎のことが大切。だから、軽々しくキスしたり、その……その先もしたりできない」
「わかったよ。俺ももう駄々をこねない」
自転車を押しながら、そう話をしたのだった。




