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俺は塾に行ってからも、沙織のことが心配で、メールばかりしていた。
よくよく考えたら安静に寝かせなきゃいけないのだから、メールなんかしてたらいけないのに。
そういう、少し考える、というのが最近できなくなっているように思う。
友達もできて、言葉を選ばなきゃいけないのに、思わず空気を読めない発言をしたり。
少し考えて動くことができなくなった代わりに、俺は何でも積極的にやるようになった。昔から沙織はそういう人だったらしい。影響されたか?
そういえば、初めて会った頃、ジムに通う決断と実行力には目を見はるものがあった。
俺は徐々に沙織に似てきたのかな、と思う。
似てきて嬉しくないはずはない。
沙織は俺に欠けた部分を持っていた。だから俺は沙織に惹かれた。
今は両思いだと信じたい。信じるほかに道はない。けれど、平野さんの話を聞くとつい疑ってしまう。
「本当は平野さんみたいな女性的な人をすきなんじゃないか」
「俺なんてただの同情じゃないか」
「トラウマを抱えた俺を面倒見るのは、やっぱり嫌なんじゃないか」
ネガティブな発想しか出てこない。
ネガティブの輪につかまると、延々ネガティブの輪の中でもがくしかない。
少しでもポジティブに考えないとだめになる。
そう思った俺は、勇気を出して沙織の本当の気持ちを聞くことにした。
「今日の夕飯、なに食べたい?」
とメールすると、
「肉が食べたい」
と返ってくる。
肉……肉ねぇ……
すき焼きでもやるか。身体も温まるし、いい案だ。
とりあえず帰り道にスーパーに寄る。特売の肉としらたき、豆腐、と買っていく。
一人ですき焼きを作るのは初めてだ。
レシピはクックポッドで見つけておいた。
みりんも日本酒も確かあったはず。醤油が切れかけていたか……醤油も買う。荷物がいっぱいいっぱいになる。
自転車を転がしながら、中身が飛び出さないように気を使った。玉子と豆腐がはいっているからね。
まだ寒い空の下、暮れかかる夕日をみながらアパートへと急いだ。
アパートにつくと、沙織は起き上がっていた。
起き上がってタバコをふかしていた。
「タバコ、やめとけばよかったのに」
と言うと、
「いろいろストレスも溜まるからね、タバコくらいは」
「ってお前、晩酌もしてるだろ。どっちかにしろよ、もったいない……」
「小遣いが十万円の人に言われたくないな」
「俺、貯金してるし」
でも、ホントに不思議。あんなにニコチン中毒だったのに沙織の身体になったとたん、受け付けなくなった。
人の身体って不思議。
あんなにお酒も大好きだったのに、今は飲む気にならない。
沙織は気にせず飲んでるみたいだったが。
身体が入れ替わっただけなのに、嗜好まで変わってしまうなんて、ホントに不思議。
俺はすき焼きをしながら、そんなことを考えていた。
すき焼きは旨かった。沙織に「上手じゃん」と言わしめる程においしかった。
そりゃ、だって、天下のクックポッドを見ましたもの。まずいわけがない。
茶碗を洗おうと台所にたつと、沙織が、「洗うから、置いておいて」と言ったので、言葉に甘えることにした。
で、今日の本題。
「ね、沙織」
「なぁに?」
「平野さんのことって、好き?」
ビールを飲みかけていた沙織は大いにむせた。
「ごほっ、ごほっ、なに言ってるの?」
「だって、平野さんのことであんなに悩んでいたじゃない?」
「あんなにって?」
「すごく考えてるみたいだった」
俺は正直にそう聞いた。
「私は……」
沙織が口を開いた。




