94
俺がついたときには、沙織はぐったりとして、スーツのままベッドで倒れていた。
とりあえず買ってきたゼリー飲料などを冷蔵庫に突っ込む。
それからおかゆの作成にかかった。
運よく炊飯器には余ったご飯があった。
それを鍋にぶっ混むと、水を足してぐつぐつ煮立てた。
買ってきた鰹節と梅を添えて、ベッドの脇まで持っていく。
と、その前に体温計。
沙織に熱を計らせると、八度を越えていた。
熱冷ましを飲んだのにこの高熱。
俺はおかゆを一旦床に置くと、沙織に
「病院に行くよ!」
と声をかけた。一〇四に電話して近辺のタクシー会社の電話番号を調べると、すぐにダイヤルした。
五分かからずやって来たタクシーに、懸命に沙織を押し込み、自分も乗った。
一番近い病院……運よく今日は遅くまでやっている日だった。
沙織を座らせると、背中をなでていたが、だんだん意識が朦朧としてきているらしく、ふらふらだった。
「本宮さん」
と呼ばれたときには、目はうつろになっていた。
俺も続いて診察室に入ろうとしたが、看護師さんに止められた。
それから沙織はベッドに寝かされ、点滴を打つことになった。
インフルエンザは陰性だった。
連日の疲れと風邪が重なったのだろうと言うことで、二時間、点滴をした。
俺は二時間の間、ずっと沙織の隣にいた。
沙織のスマホを取り出してゲームしたりしながらずっと待った。
沙織は途中から寝てしまい、俺は一人、院内の自販機でジュースを買ってきて飲んだ。
二時間経ち、沙織は目覚めた。点滴もちょうどなくなったところだった。看護師さんに言って針をはずしてもらう。
沙織はずいぶん顔色もよくなり、元気になったようだった。
会計を済ませると、一番最後の患者だった。
「遅くまですみません」
と俺が言うと、事務の人が、
「いいえ、お大事に」
と言ってくれた。
薬はさっき俺が取りに行った。風邪薬に解熱剤、胃薬が出された。
帰りのタクシーでは、沙織はしっかりしていて、点滴一つで、こうも違うものかと感心した。
アパートについてから、さっきのおかゆを温め直して沙織のベッドまで持っていった。
沙織は旨い、旨いと言いながら完食してくれた。
さっきゼリーを食べたのと点滴で、しばらくはよさそうだったので、おかゆの残りにラップをかけ、冷蔵庫にいれると俺は帰路についた。
沙織が倒れるなんて、よほどきつかったんだな、と俺は思った。
だが、最近は残業も減り、ジムにも週二回くらいの割合だし、過労というには程遠いものがあった。
よく考えてみて、やっぱり平野さんの件しか思い付かなかった。
沙織にそこまで心配されて、と俺は嫉妬心でいっぱいになっていった。
俺が倒れたら、沙織は一体どうするだろう?実家暮らしだから、見舞いに来るくらいしか出来ないだろう……
そう思うとなんだか悔しさが込み上げてきた。
俺はこんなに沙織のことが好きなのに、沙織は時々心ここにあらず、のようなときがある。
平野さんのことを心配でもしているんだろうと思うと、余計妬ましくなって、そんな自分に嫌気がさして、悶々とした。
こういうときに友達って要るんだよね。昔なら考えもつかないことだったが、由美子に話を聞いてもらうことにした。
三コール目で由美子は電話に出た。
『もしもし?』
「もしもし?由美子、ごめん。愚痴りたいことがあってさ……」
『なーに、どうしたの?』
俺は今日の出来事を懸命に由美子に訴えた。
由美子の返事は
『それ、考えすぎだよ。嫉妬しすぎ。まず、彼氏を信じなきゃ』
だった。
そっか……考えすぎか……確かに勝手に疑心暗鬼になっていたな……
俺は反省すると、由美子との電話を切ったのであった。




