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昨日は結局誠一郎に電話はしなかった。少しだけ、当たり障りのないメールを交わしただけであった。
誠一郎、怒ってるのかな?
不安になるが、もう十二時を回っている。
仕方ないか、と諦めて私はビールを飲んだ。
翌日、仕事に行くと、やっぱり平野さんは机を拭いていた。
私は出来るだけ気にしないように、
「いつもありがとうね」
と言った。
「これも業務のうちなので」
呟くように平野さんが言う。
「それでも毎朝、すごいよ」
と言うと、平野さんはトマトのように赤くなり、それでも机を拭く手はゆるめなかった。
それにしてもよく事件が起きるな。誠一郎と会ってからずっと、何かしら起きている。
疲れるのも無理はないか……
私はバッグを足元に片付けると、パソコンの電源を入れた。
ぼちぼち職場へ人が入ってきて、業務開始となった。
恒例の朝礼もボーッとして聞いていた。
なんだか、今日はおかしいくらいに疲れていた。
ため息が出る。
今日中に仕上げなければならない会議の資料がある。
だが、何故か身が入らない。
昼御飯も食べたくない。
医務室へいき、熱を計ってもらうと、なんと九度四分も熱があった。
私は風邪薬をもらい、熱冷ましももらって飲んだ。
今日中に仕上げなければならない。
プレッシャーもかかっている。
そんなとき、安野が私の様子がおかしいことに気がついた。
「先輩、どうかあるんですか?」
「いや、ちょっと熱があって」
「何度ですか?」
「九度四分……」
それを聞いて安野の顔色が変わった。
「先輩、今日は帰ってください!」
「いや、今日中に仕上げなければならない会議の資料がある。」
「それは俺が代わりにやっておきます。」
「でも……」
「でももへったくれもありません。」
「あ、でも……」
「帰ってください」
安野が強い口調で言った。私はそれに甘えて帰ることにした。
帰宅するとそのままベッドにダイブインした。
かなりきつかったのだ。
そして誠一郎にメールする。
『もし、今日うちに寄ることがあったら、なにかゼリーかなにか買ってきてください。熱があってダウンしています』
頼みの綱だった。
夕方になり、誠一郎が袋いっぱいに買い物をして帰って来た。
マスクをして。
ゼリー類と風邪薬だ。
「今おかゆ作ったげるからな」
炊飯器を開けながら誠一郎は言った。
「ごめんね」
「いいってことよ」
しばらくするとご飯のいい匂いが漂い始めた。
少しお腹も空いた様だ。
誠一郎がおかゆをもってくる。鰹節と梅が乗っている。
「これも買ったの?」
と鰹節と梅を指して言うと、
「うん、ただのおかゆじゃ味気ないでしょ」
そして体温計。
「熱冷まし飲んだから」
と言いながら体温計を脇に挟む。
ピピッと音がして、計り終えたことがわかる。
「三十八度一分」
誠一郎は体温計を見ながら言った。
私はおかゆをトレイごと受けとると、醤油をかけて食べ始めた。
「おいしい」
と呟くと、誠一郎は嬉しそうにうんうん、と頷いた。
「それにしても、よくおかゆの作り方なんて知ってたね」
へへっと照れ隠しに笑うと、スマホを見せてきた。
「クックポッド」
「そう、これで調べて作ったんだ」
嬉しそうに笑う誠一郎。
私も釣られて笑う。
ゼリーを買ってきてもらったのは正解だった。
私はゼリー飲料を飲むと、少しだけ元気になった気がした。
病院へ行く。もしかしたらインフルエンザかもしれない。
夕方ギリギリに間に合った私は、熱を計らせてもらうと九度八分にまで再び熱があがっていた。
本宮さん、と呼ばれたときにはもうふらふらだった。




