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その日の夜、沙織から平野さんのことを相談する電話が入った。
とりあえず平野さんにはいつも通りに接すればいいんじゃない?
とアドバイスして電話を切った後、なんだか無性にもやもやした。
最初それが何なのかわからずにいたけれど、それが嫉妬だと気づくととてもイライラした。
沙織が誰かから告白される。沙織は優しいから断れないかもしれない。俺とは情で繋がっているだけかもしれない。
そう思ってむしゃくしゃしたし、そんなことでむしゃくしゃしている自分自身にもイラついた。
気がつくと真っ暗な部屋で、一人クッションを抱き抱えて泣いていた。
階下から母が
「沙織ーお風呂いいわよー」
と言った声にドキッとし、
「はーい、今いく」
パジャマを握りしめて涙を拭くと小走りにお風呂へ向かった。
お風呂の中でも始終その事が頭を占めていた。
平野さん。
決して顔はよくはないけれど、しっかりしていて真面目だし、仕事の要領もよかった。
ブスではないんだけど。
平野さんは俺が勤め始めたときにはいて、いつもみんなのコーヒーやお茶を淹れてくれる、心根が優しいひとだった。
それだけに、俺のことを好きだったなんて、想像もつかなかった。
もしかしたら痩せた俺を見て惚れたのかな?それならありだ。
どのみち、沙織が決めることだ。
俺には手の出しようがない。
俺はそう思うと勉強を始めた。
来週は中間テストなのだ。平野さん騒動にかまけている場合じゃない。
何度もそう思っては、途中から平野さんのことを考えたりしていた。集中出来ない。
平野さん。
決して嫌いではなかった。ぼっちの俺にもちゃんとお茶をいれてくれていたし、親しく話しかけてもらったりもしていた。
もちろん俺は無言だったが。
好きでもなかった。女の子を好きになることはまずなかった。
リアル女子はなんだか怖い生き物のような気がしていたからだ。
好きになるなら二次元で充分だった。
そういえば、机の下にあったエロ漫画はさっさと捨てられていた。苦労して集めたのに、沙織がぽいっと捨ててしまった。あのときには泣けた……
っと、話が逸れてしまった。
平野さんのこと、そう考えれば昔から俺を気にかけてくれた気がする。
◇
学校に行ってもため息ばかりだった。
由美子が、
「ため息一つつくと幸せが十逃げていくんだよ」
と言った。
瞳は
「彼氏と喧嘩でもしたん?」
と聞いてくれる。
俺はそれだけで充分幸せな気分になった。
ことの一部始終を二人に話すと、
「それは彼氏が悪いよ」
「うんうん」
二人は沙織が悪いと言う。
「そもそも手作り弁当を受け入れた時点でだめだね」
「だね」
「そうかなぁ、そういうもん?」
「だいたい、その時に普通は察するものでしょ?」
「普通ならね……」
私のその一言で
『私の彼氏の中身は女の子である』
と言ったことを全員思い出していた。
「女の子だから、自然と受け取ってしまったのかも……」
由美子が発言する。
「私もそう思う……」
と俺が言ったが、瞳は
「それでも気づけなかったのは罪だね」
と言った。
「いっとき、その平野さんのこと、普通に接していればよくなるよ」
結局結論はそうおさまった。
まさか自分が誰かに好かれるなんて考えたこともなかった。
今までぼっちで暮らしてきて、沙織のことだけでも驚きだったのに、まさか自分を好きになる人がいるなんて、それこそ驚きだった。
驚きを通り越して、狂気だった。




