09
会社。
それは未知の世界である。
目覚ましをいくつもセットして、携帯のバイブレーションで目が覚めた私。
とりあえず聞いた通りにスーツを着込んでネクタイをしめる。
ネクタイは自分の高校がブレザーなので、手慣れたものだ。
スーツを着ても出っ張るお腹にため息をつきつつ、パンを頬張った。会社までの所要時間は三十分。自転車でいくつもりだ。初日なので少し早めに出ることにした。
トイレにはいると、いつものように便器に座る。そうして局部を指て押さえてトイレを済ませた。まだ立ちションなどという芸当はできない。
少し早めにアパートを出ると、自転車小屋へ行った。
乱雑に並べられた自転車、その一番奥から自転車を取り出すと、それにまたがった。
よたよたと進み始める自転車。
こんなによたよたするなら、もっと早く出ておくべきだったか、と思ったが、後の祭りだった。
元々、今日は行きたくなかったのである。初めて仕事というものを、しかもこんな他人の姿でしなくてはならない私には、ものすごいプレッシャーだった。
並大抵のことではなかった。
第一、仕事なんてしたことがないし、人間関係だってわからない。
誰が誰なのかも知らない。
胃がキリキリと痛みだす。
しかし、行かなくては生活できない。
私のもらっていたお小遣いでもやりくりはできないからである。
行くしか、ない。
私はよたよたと自転車を漕ぎながら進んでいった。
職場のビルにつくと管理人に自転車置き場を聞いた。
地下の駐車場の一番奥が自転車置き場になっていた。アパートの自転車置き場とは違って秩序よく並べられた自転車。私はその一番手前に自転車を置くと、両手で頬を叩き、気合いを入れ直した。
エレベーターへ行くと、他の人たちも乗ってきて、私は二階を押した。
昨日言っていた通り、二階の一番奥の部屋へ向かって歩きだした。
「本宮さん、おはようございます」
「おはようございます。本宮さん」
と数人に声をかけられた後になって、自分が本宮誠一郎になっていたことを思い出した。
挨拶し損ねた……大丈夫だろうか?
そして一番奥の部屋の扉を開けた。
そこには立派な応接間があり、真ん中に豪勢なデスクが一つと、手前入り口の方に秘書らしき人物がいた。
誰よりも早く口を開いたのは秘書だった。
「どうかなさいましたか?」
「えっ、いえ、総務部ってここじゃないんですか?」
ため息をつきつつ、秘書が言う。
「総務部は一つ手前のドアから入ったところです」
「あ……はい、ありがとうございます……」
私はどうやら重役室を開けてしまったらしい。
一番奥とか言って、嘘やん!と私は思った。
心して総務部のドアを開けると、大きな声で
「おはようございます!」
と言いながら入っていった。
デスクがいくつも並んでいる。
どれが自分のデスクかわからない……
仕方ないので、一人の女性に聞く。
「あのー、私のデスクってどこでしたっけ?」
女性は面食らった顔をしつつ、一番端の隅っこにあるデスクを指差した。
「ありがとうございます!」
と言ってデスクに座る私。
早々に始業の鐘が鳴り、みんなが一つのデスクを囲うようにしていたので、真似して行ってみた。
これが朝礼というものなのだろう。
みんなが順番に仕事の内容について報告していく。
私の番が来てしまった。
みんなが言う間中考えていたが、どうしても思い付かず、
「いつも通り仕事します」
とへらへらして答えた。
しかし、周りは違和感なく、そうかそうかと頷き、朝礼は終わった。
で、だ。
仕事といっても、何をどうすればいいかわからない。
とりあえず隣の席に座っている人物に声をかけたのであった。