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今日から仕事だ。
私は三月にやめる旨を上司に伝えようと思い、仕事始めの訓示を聞いていた。
安野もにこやかに立っている。
この会社では部署ごとに仕事始めの会がある。
総務課で、初めて迎える新年を噛み締めていた。
来年はここにいないかもしれない。そう思うとひとしおだった。
訓示が終わり、自席に戻る。
係長として一言声かけをせねばなるまい。
「えー、今年は、去年以上に業務の進行を早められるよう努力していこう。私からは以上です」
と言うと、安野が拍手を始めた。それに釣られるように拍手をする係員たち。私はうんうん、と頷いて、業務に戻るように指示をした。
年始ということもあって、業務はまだ少ない。のんびりした中での仕事だった。
安野が
「係長、昼飯一緒に行きませんか?」
と誘ってきたが、
「あいにく、今日は弁当持ってきてるんだ」
と断った。
昼休み、屋上で日差しを浴びながら弁当の蓋を開けると、平野さんがやって来た。
「係長、お弁当……」
と言いかけて、後ろ手に弁当を隠す平野さん。
そうだった。
そういえば平野さんが弁当は作ってきてくれるって言っていたんだった。
私は平野さんを隣の席へ呼ぶと、
「弁当、ありがとう。いただくよ」
と言って自分の弁当の蓋を閉めた。
「でも、係長、お弁当持ってきてらっしゃるんですよね?」
「あぁ、これ?味気ないものばかりだから、平野さんの旨い弁当をいただくよ」
と気を使って言った。
「それなら……」
と平野さんが持ってきた弁当を開くと私は唖然とした。
なぜならハートマーク満載の弁当だったからである。ご飯は海苔でハートマークを作ってあり、おかずの魚肉ソーセージもハート。チーズまでご丁寧にハート型に切られていた。
「あのっ、これは、キャラ弁の練習で……」
慌てて立ち上がって言い訳をする平野さん。
私はどう反応すれば良いのかわからず、とりあえず口にした。
味は前と変わらず、いや、前よりもいっそう美味しくなっていた。特に唐揚げなんかは、ニンニク醤油の、私の大好きな味付け。
「平野さん、うまいよ、これ、最高!!」
と言うと、平野さんはホッとした顔をして横に座り直した。
「いやー、休み中に、私もご馳走を作りましてね、好評ではあったんですが、平野さんならもっと旨く作ったんだろうな、と思いましたよ」
「ご家族に?」
「いや、彼女にです」
それを言った瞬間に平野さんは青ざめた。
「係長、彼女がいらっしゃるのですか?」
語尾が少し震えている。
私は何の気なしに
「はい、といってもまだ高校生なんですけどね」
と笑って見せた。
平野さんはしゃべらなくなり、私はお弁当を完食すると、お辞儀をした。
「いつも仕事でも迷惑かけてごめんなさい。弁当、美味しかったです」
しかし、平野さんには聞こえていない様子だった。
しばらくしてハッと我に返った平野さんは、弁当箱を回収すると、いそいそとその場を去っていった。
私は自分で作った弁当を広げ、さらに食べ始めた。
◇
久しぶりに帰りにジムに寄ると、安野が来ていた。
何となくお昼ご飯の話題になり、平野さんのことを話した。
すると、安野は青ざめて言った。
「それで、弁当もらい続けていたんですか?」
「うん……悪いかなとは思ったんだけど、平野さんの情熱に負けてね」
「負けてね、どころじゃないっすよ!」
安野は声を潜めて言った。
「それって、平野さんなりの告白方法だったんじゃないですか?」
「告白?何を?」
「先輩のことを、好きだっていう告白です!!」
私はしばらく言われた意味がわからなかったが、わかったとたんに大慌てした。
しまった、自分は女だからと思って油断していた。だが、外見上は男なのだ。
しかもすっきりダイエット済みの、いい男。
それを忘れていた。
「どうしよう」
私は途方に暮れた。




