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帰りの電車で俺は爆睡していたらしい。起こされて気がつくと、もう乗り換え駅だった。
俺は改めて今日のことを思い出し、ゆっくりと噛み締めた。
やはり家族というのはいくつになってもホッとするものである。
今は沙織の家族と過ごしているが、やはり小さな頃から慣れ親しんだ家族のほうが心が温まる。
決して沙織の家族が悪いとかではないのだが、自分の家族という存在に、俺の胸はキュンと鳴るのだった。
歩きながら、沙織に今日のお礼を言った。
「沙織、今日はありがとうな」
沙織はニコッと微笑むと
「このくらいのことで、お礼なんていらないよ」
しかし、俺は本当に感謝していた。だから、乗り換え待ちの間、沙織の手を握りしめていた。
沙織は、もう反対側の手でカイロを出すと、俺の反対の手に握らせてきた。
「今日は久しぶりにとっても緊張した!」
と沙織が言う。
「だろうね」
ほぼ固まったままだった沙織を思い出して吹き出した。
「なんで笑うの?」
「だって、ずっと固まったままだったから」
「そう?私、結構しゃべったよ?」
と言う沙織に
「余計なことをしゃべられるよりよかったんだけどね」
と笑いながら答えた。
やがて電車が来て、乗った。年末も末の電車だったので、乗っている人は少なかった。どこかへ初詣に行こうかと言うグループばかりで、帰省している人はほとんどいなかった。
無言が続く。
なにか話したほうがいいのか、俺が迷っていると、
「初詣、何時ごろから行こうか?」
と沙織が聞いてきた。
「朝は家族で過ごすって言ってたから、午後からかな」
「わかった。自転車で迎えに行くよ」
「わかった」
あとは帰り道、一言もしゃべらなかった。
でも、それは嫌な感じの沈黙ではなく、わかりあってるからしゃべらない、温かい時間だった。
◇
家に戻ると、母が年越しそばの準備をしていた。
「おかえり、沙織。どうだった?」
と母が聞く。
「快く迎えいれてもらえたよ」
「そう……よかったわね。パニックとか、発作は大丈夫だった?」
「うん、一回だけ行き道に薬を飲んだけど、あとは平気だった」
「そう?それならよかったわ」
時計を見ると、もう午後十一時を回っていた。
「沙織、これ、できたやつから持ってって」
と言われ、熱々のそばを持っていった。
父はもう飲んでいて、赤い顔をしながら紅白を見ていた。
父の前にそばを置く。
「おっ、うまそうだな、どれどれ?」
とつまもうとして母に怒られた。
「年越しくらい、がまんできないの!?」
父は舌をペロッと出して見せた。
まったく、お茶目なんだから。
年越しそばも揃い、家族でいただきますと言って食べ始めた。
「おいしいよ!お母さん!」
「毎年同じことを言う」
と笑われて、沙織がいつもどんな風に過ごしていたかが垣間見えた。
そばを食べ終えて、茶碗を洗うと、再び父の横に座った。
珍しく家族でテレビを見ている。
沙織は今頃一人なんだな、と思ったら、胸がキューンとなったので、俺は電話しに二階へあがった。
沙織はすでに酔っぱらっているようだった。紅白を見る音が聞こえる。
「一人にしてごめんね」
と言うと、
「たまにはゆっくりこういう時間も必要だってことだよ」
とのんびり答えた。
「身体は一緒にいれないけど、心はいつも一緒だからね」
と言うと、電話の向こうで吹き出してむせる沙織がいた。
「ちょっと、なんで吹き出すんだよ!?」
と聞くと、
「似合わないことをいうからだよ」
と笑われた。
そんな会話すらいとおしいと思った。
やがて、時刻は0時へ――
「明けましておめでとう」
今年の最初の会話はやっぱり沙織だった。




