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インターホンをならすと出たのは兄嫁だった。
沙織をつまんで、「名前!名前!」と急かす。
「誠一郎ですけど」
と言うと、ドアが開き、六十才くらいのお婆ちゃんが出てきた。母である。
「久しぶり〜。よく帰ってきたねぇ」
母は沙織を見て喜ぶ。
「だいぶ痩せたね、病気とかしてないかい?」
そして俺を見て、
「可愛い彼女まで作ってから」
と言いつつ家の中へ案内された。
バリアフリーにしてあり、全て車椅子でも動き回れるようになっていた。
リビングへ通されると、兄嫁が、
「お茶とコーヒーと紅茶、どれがいいですか?」
と聞いてきた。
俺は迷わず
「コーヒーで」
と言ったが、沙織はまだ悩んでいる様子。腕をツンツンと引っ張って急かした。
「私もコーヒーで」
沙織が頼むと兄嫁はわかった、と言って台所へ消えていった。
それにしても、久しぶりに会う母はずいぶん老け込んだように見える。昔より身長も縮んだような。
そんなとき、庭先から上がってくる人物がいた。父である。
父の趣味は庭いじりで、今日も朝から庭をいじっていたらしい。
父も白髪が目立つようになってきていた。
たった二年会わないだけで、こんなに違うものか、と思ったら、小さな子供が
「じぃじ〜」
と呼んで父の元へ走り込んできた。
見たことがない俺たちに少し緊張しているのか、父の後ろから出てこない。
「甥っ子、いつ産まれたの?」
思わず俺はそう聞いてしまった。
「一年半前にね」
そう言いながら兄が入ってきた。
これで全員が揃ったわけだ。
俺はまた沙織をつつくと、俺を紹介させた。
「私の彼女の倉田沙織さん。こちらが母、父、兄、兄嫁です」
俺は会釈すると、持ってきたクッキーを差し出した。
「お口に合うかわかりませんが……」
こうしてやり取りをしているともどかしい。
俺の姿になって、思い切りしゃべりたい、そんな気持ちになった。
元々は俺は家では無口で、母とはご飯に呼ばれて返事をするくらいしかなかったのだが、こうも久しぶりだと、やっぱりしゃべりたい。
沙織はおとなしくにこにこして座っていた。
確かにそれだけで充分なのだが。
「誠一郎、彼女さんお若いのね。いくつ?」
沙織が答える。
「十七才。高校生だよ」
と沙織が答えると、父も母も不安そうな顔をした。
「大丈夫、彼女のご両親は知ってるから」
沙織のその一言で、気まずくなったその場は逃れた。
「お昼ご飯、どこに食べに行こうか?」
父が言った。
「俺、寿司屋がいい!」
言い出したのは甥っ子だった。
俺的には定食屋で定食を食べたかったのだが、沙織もうんうん、と頷いていて寿司屋に行くことになった。
八人乗りの大きな車に乗り込むと出発した。
「倉田さんは、どうして誠一郎と知り合ったの?」
母から俺に話題が振られる。
「たまたま交差点でぶつかったのが初めての出会いです」
俺は迷うことなく答えた。
「誠一郎、大事にしなきゃだめよ」
と母が言って、沙織は苦笑していた。
懐かしい家族。兄貴は相変わらず冷たいけど、それもわざとじゃないって俺はわかっているんだ。不器用な人だから、あまり気持ちを前に出すことが出来ないのだ。
兄嫁に関しては、ほぼ初対面に近いのでよくはわからなかったが、これだけあくの強い兄貴と一緒にいるんだから、そうとうタフなんだろう。
甥っ子も徐々になついてきて、寿司屋につく頃には俺は打ち解けていた。
沙織は相変わらずにこにこしてしゃべらなかった。
「しゃべっていいんだぜ?」
と俺が言うと、
「見てるだけでも楽しいから大丈夫」
と言った。
俺的には沙織ももっと打ち解けてほしいのだが、うまく伝わらない。
でも、沙織には沙織のペースがあるか、と思い直したのだった。




