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私は痴漢の腕を捻りあげると、次の駅で降りて、警察が来るのを待った。
これで少しまた時間がかかってしまう。
誠一郎には悪いが、私は痴漢を許せなかった。
警察が到着して事情聴取が始まる。
誠一郎は不安そうな顔をしていたので、後ろからポンポンと肩を叩いてリラックスさせた。
事情聴取は簡単なものだった。
慰謝料を請求するかと聞かれたが、誠一郎はそれを断った。
痴漢を残して私たちは再び電車に乗った。誠一郎の顔色が真っ青だったため、途中で薬を飲むようにと指示した。
薬を飲んでからはずいぶん調子もよくなったようで、安心した。
私は今実家に帰っている。だが、そこは未知の世界だ。
緊張もしている。うまくばれないように出来るかな?出来なかったときはどうしよう?
ここまで来て、まだ迷いがあった。
このまま会わないほうがいいのかなと思ったり、誠一郎のためだからと自分に言い聞かせたりしていた。
このまま会うのが、ホントに誠一郎のためになるのかな?
入れ替わりが戻るまで帰らないほうがいいんじゃないかな?
でも、そしたらいつになったら帰れるのかわからない。
不安だったが、誠一郎には見せないように努めた。
誠一郎はと言うと、手すりに掴まったまま、うとうとしている。朝早かったから仕方がないか。
うつらうつらして倒れないように支えるので精一杯だった。
誠一郎がうつらうつらしているのにはもう一つ理由があった。それは薬である。薬を飲むと若干眠気の副作用があると言われている。そのせいもあるだろう。
私はつり革に掴まったまま、片手で誠一郎を支えていた。リュックでよかったと思う瞬間である。
いよいよ降りる駅がやって来た。
私は誠一郎を揺さぶって起こすと、
「次の駅で降りるよ」
と言った。
私のほうが緊張していた。
駅で降りると、駅ビルにあるフライドチキン屋で朝ごはんにした。
誠一郎はここのお肉が大好物で、一人で四つも食べてしまうほどだった。
フライドチキンにかぶりつく誠一郎を見ながら、やっぱり来てよかったな、と思う。
こんなに楽しそうに笑う誠一郎なんてなかなか見れるものじゃない。
バスに乗って、道中は家族に関する情報を再び聞かされた。
二年前に家をお兄さんが建てかえたこと。
お母さんのよくしゃべること。
将棋が好きなお父さんのこと。
兄嫁のこと。
兄嫁に関しては、あまり細かいことがわかっていないということ。
それらのことをおさらいしながらチキンを頬張った。
◇
いよいよバスに乗って出発だ。誠一郎は手土産がくずれていないか、そればかりを心配していた。
幸いにも、バスはすいていた。
私は地理がわからないので、誠一郎任せでバスに乗った。
二人並んで座ると少し窮屈だったが、誠一郎がそのほうが安心と言うことで、二人がけのシートに座っていた。途中からバスが混み始め、私は一人のお年寄りに席を譲った。それは自然な行動で、別に深い意味はなかったのだが、お婆さんには感謝され通しだった。
そんなこんなで実家近くのバス停で降りると、深呼吸をした。
いよいよだ。興味と不安が半々交わりながら私は一歩、また一歩と歩み始めた。
誠一郎が、大丈夫だからね、と手を握ってくる。その温かさを信じることにした。
バス停からは十五分ほどかかった。
最初に家を見た一言目は
「かっこいい……」
だった。グレーにダークグレーのワンポイントが入っていて、かっこよかった。
自分の家と比較してはいけないが、広さは置いておいて、かっこよかった。
「俺も建て直してから初めてみるけど、原型がとどめてないなぁ……」
誠一郎も感心している。
とにかくとりあえずインターホンを鳴らした。




