80
俺は道中幸せそのものだった。
沙織にあーんしてお菓子を食べさせたりして、発作のことなんか完全に忘れてしまっていた。周りに人は一杯いたが、気にならなかった。
俺はこの瞬間を、一瞬一瞬をとてもいとおしく思った。
俺の中で沙織は憧れの人でもあり、いとおしい恋人でもあった。
キスもまだなにもしたことはなかったが、手を繋いでいたり、こうしておしゃべりをしたりするだけで、充分に幸せを感じていた。
女だからか性欲はなかったが、沙織はどう思っているだろう?ふと気になってしまった。
「沙織はさ、エッチしたいと思わないの?」
沙織はぶふっとお菓子を吹き出した。
「なんなのよ、一体?」
「いや、男だったらムラムラっとすることがあると思うんだけど、そういうとき、沙織はどうしてるの?」
「どうって……そのまま……我慢……かな」
「そのまま……って?」
「ほら、朝からパンツ替えないといけなかったり」
そこまで我慢してるんだ……
「だって、女の子みても興奮しないし、ね」
そうなんだ?そういうもの?
「男の人のなんて見る気もないけど、見たらホモじゃん?」
そりゃそうだけど……そりゃ、そんなの見てても嫌だけど、女の子のをみてるのも正直妬けるかなと……って、俺ってどっちに焼きもち焼けばいいのかな?
どっちにしても焼きもち焼くけど……
電車の旅は続く。乗り換えは二回しなければならない。
途中、トイレ休憩をとる。
もう女子トイレにはいるのも慣れたもので、当たり前に入っていく。ちょっと前までは堂々と入れず、人が入っていると飛び出してきてしまうくらいだったが、今はもう平気だ。
ハンカチも持ち歩くようになった。
男だったときは手洗いなんてせずに平気で出てきてたけど、よく考えると汚いよね。アレを触った手でどこでもさわっちゃうんだから……
ズボンの中身はいつも財布と携帯とタバコだけだった。
沙織はきちんとハンカチを持ち歩いているようで、いつもきちんと手が湿っていた。
やっぱり元が女の子だと違うもんだな、と感心した。荷物が多くなった分、ショルダーバッグを買っていた沙織はショルダーバッグに全ていれて持ち歩いていた。今回はリュックだけど……
そんなことを考えていたら、沙織にデコピンを喰らった。
「ったぁああ。何すんだよ!」
「なんかエロいことでも考えているのかな?と思って」
にしし、と沙織が笑う。
「そんなことあるわけないだろ、小学生でもあるまいし」
「さぁ?それは小学生の誠一郎くんが一番知っていることじゃないのかな?」
にやにやしながら沙織が言う。
おっと、乗り換えの駅を過ぎてしまうところだったよ。
乗り換えると結構人が多かった。ここから三十分鈍行だ。座ることができなかったので、俺はつり革を持って立ち、その後ろを庇うように沙織が立った。
いまでこそ慣れたが、最初は「それって男がすべきことでしょー?」とあたふたしていたこともあったかな。つり革に微妙に背の高さが合わない俺は、手すりに掴まることにした。沙織から少し距離は離れてしまうが問題ないだろう。降りる駅名も聞いている。
そのとき、ぞわっと背中に悪寒が走った。
服の上からだが、お尻を触られている。その手が徐々にスカートをめくり始める。
声も出せなかった。
怖い。怖い。
誰か助けて!!
と思っていると、痴漢に割り込んで来てくれた人がいた。
沙織だった。
沙織は痴漢の手を後ろに回し、抵抗ができないようにして大きな声で言った。
「痴漢だ!痴漢がいるぞ!」
次の駅で降りて、警察が来るのを待った。
とんだ誤算だった。
しかし、これで男が余計怖くなってしまったのだった。




