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31日。
私は目覚ましの音で目を覚ました。早朝五時。
六時になったら、誠一郎を迎えに行く予定だ。
軽く朝食をとり、歯磨きをしに洗面所に向かう。歯みがき粉を切らしそうなことに気づく。
もうここにやってきて九ヶ月も経つのか……
早いような、遅いような。
今まで独り暮らしなんてしたことがなかったし、そういう意味ではいい経験になったな。
私も誠一郎も、いつか自分の身体に還ることになると信じて疑わなかった。
ただ、いつそれが叶うのかわからなかった。
なくなりかけた歯みがき粉を見ながら、今までのことに想いを馳せる。
最初は死にたいくらいいやだったこの身体も、痩せたおかげもあるかもしれないが、とても気に入っている。
むしろ、好きだ。
好きになってしまったのだ。誠一郎の見た目も、中身も。
最初はとても嫌だった。醜く太ったこの身体も、おどおどしたその態度も、全く持って嫌だった。
だけど、月日が流れて、彼も変わったし、私も変わった。
彼はおどおどしなくなり、友達を思って行動をしてくれるし、両親にも心配かけるようなことはしない。
私に対しても、はっきり好きだと言ってくれた。あの引っ込み思案だった誠一郎とは思えないほどに。
彼が持っている心優しい面は変わらず持ち続けている。
いつ私のことを好きになったのか、それを聞きたくなった。
歯磨きも終わり、着替えると髪をセットする。昔パンチパーマだったとは思えない髪の毛。癖っ毛をいかしてくしゅくしゅと髪をまとめる。
この髪になるまで、丸坊主にしたりしていろいろあったなぁと思う。
葛藤、焦り、苛立ち。
でもそんなことも遠い昔の思い出のようだ。
準備を一通り終えると、私は自転車で誠一郎を迎えにいった。
白い息が漏れる。朝日があがったら、もう少し寒くなくなるだろう。手袋をしていても寒さが伝わってくる。
冬の朝の空気は嫌いじゃない。
澄んでいて、ピーンと張りつめていて、綺麗だ。
夏には味わえないこの澄んだ空気を吸いながら、私は自転車を走らせた。
誠一郎はピーコートで少しお洒落をして出てきた。髪を巻いている。自分の身体ながら、なかなか可愛いと思う。
女子力は確実にアップしているだろう。しかもノーメイクなのに、澄んだ肌色、唇はほんのり赤く、長い睫毛がしばたかれる。
私が自分だった頃にはメイクを濃くしていたのに、まさかのノーメイク。
「それってどういう風にやっているの?」
と聞くと、
「石鹸で洗ってるだけ」
と返事がくる。
今までの私の努力の結晶だったメイクをはね除けてノーメイクが勝つとか、信じられない。
だが、誠一郎に会うたびに彼はきれいになっていった。
誠一郎と自転車で連れ立って駅まで走った。
朝一番の電車に乗るためだ。
自転車置き場に自転車を置き、急いでプラットホームへ行く。
ちょうど電車が入ってきたところだ。朝イチなので、まだ空いていた。
私は荷物のリュックを隣の席に置き、誠一郎を見た。
誠一郎は嬉しそうに座っている。
私もそれを見て嬉しくなる。横に座って手を握っていた。
電車は早い。あっという間に乗り換え駅についた。
誠一郎のおねだりにより、お菓子を買っていると、発車時刻になりかけて、慌てて飛び乗った。
四人がけシートがたくさん空いていたので、そちらに座り、誠一郎が正面に座った。
誠一郎は買ってあげたお菓子を夢中になってあけている。まるで子どものようだ。
私も少しお菓子をいただいた。
懐かしい、美味しい味がした。
そう言えば高校の頃はよく教室でお菓子をこっそり食べてたっけ。
懐かしい気持ちになって二人の旅は始まった。




