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30日。俺は台所で奮闘していた。
先日作ったやつは、味はいいものの、見た目がなんだか不器用だった。
今度こそはと見た目もいいように努力する。意外に難しい。絞り袋からきゅっと絞り出して……前回のよりはいい出来だ。
実家に行くのに手土産って、なんだかくすぐったい。
今までそんなことしたこともなかったからだ。
しかも俺の手作り。母が知ったら驚くだろうな。まぁ、言えないけど。
一回目が焼けた。
うん、見た目もいいし、いいんじゃないかな?
冷ましている間に次のクッキーを仕込む。
実は作るのに、やけどを数ヶ所した。鉄板があつくて、下ろすときに下ろし損なって、手首と指先にやけどをおった。でも、悔しいし恥ずかしいから誰にも言えない。料理下手な女の子だって思われたくない。って、俺は女じゃないんだからいいけど、沙織が恥かかない程度は料理ができたほうがいいな、と思った。
実際の沙織はというと、レシピを見れば作れる程度の腕前だった。
しかし、普段は鶏の胸肉とか野菜とかばかりたべているので、本当のところどこまで料理できるのかはわからないんだよね。
好きな子の作った料理を食べてみたいと思うのは当然で、俺もこの休み中に沙織の手料理をごちそうになる予定だ。
普通は逆なんだろうけど、俺は料理はあまり作れないし、沙織の手料理に期待大だった。
ダイエット食はやめてねと頼んであるから大丈夫だろう。一体何をご馳走してくれるのか、今から楽しみで仕方ない。
チーンという音と共に甘い香りが鼻腔をくすぐる。
あとはラッピングだけだった。
ラッピングは母にも手伝ってもらった。俺だけじゃなんだかぐちゃぐちゃになりそうだからだ。母はどれどれ?と言いつつ一つをつまんで食べた。
「あーっ、それ、一番出来がよかったやつ……」
「あら、そうだったの?ごめんね」
言いつつ母はラッピングしていく。さすがデザイナー、って職業は関係ないかもしれないが、器用に袋詰めしてリボンをかけていく。
「お母さんこんなことも出来るんだぁ……」
「失礼ね!出来て当然よ!」
と笑いあう。幸せという言葉はこういうときに使うんだな、と思った。
そして、明日の準備を始める。着ていくワンピースに軽くスチームをあててしわをとる。
バッグの中にはお財布と、今まで貯めていたお金の一部と小遣いをいれる。二十万円ある。これなら万が一のときでも大丈夫。バッグはひったくりに合わないように、肩掛けのバッグにした。ストッキングの予備も入れておく。予定していたバッグに入りきれなくて、もう一回り大きなバッグに入れた。なんだかバランスがいまいちな気もするが、仕方ないだろう。
クッキーは紙袋に入れた。ちょっと高級なお菓子屋さんのバッグである。大きさがちょうどよかったのと、見た目がおしゃれだから、それにした。
あとは薬。これだけは取りやすい位置に入れておく。そして水筒の準備。
もし、電車の中でパニックしても薬が飲めるように、だ。そこには一番注意を払った。
それにしても、付き合ってすぐに両親に会わせて……沙織は大丈夫なのかな?ふと、そんなことを考えた。
両親の前で「俺」って言わないようにしないと……
いろいろ気苦労はあったが、久しぶりに実家に帰れることは、俺にとって最高のプレゼントだった。
薬指の指輪を眺めながら、俺って意外と幸せなんじゃないかと思ったりもした。
31日。
朝、五時起きで準備する。顔を洗い、簡単な食事を済ませ、歯磨きをしたら、髪の毛をコテで巻き始めた。ずいぶんうまく巻けるようになったものだ。この9ヶ月を思い出す。
確実に、女子力はアップしていた。




