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正月休みまであと一日、そんな日の昼休み、私は平野さんからのお弁当を頬張っていた。
平野さんは料理がなかなか上手だ。練習中なんですって言っていたけれど、このうまさなら練習はいらないほどだ。
なぜそんなにしてまで料理の練習をしているのだろう?もしかして嫁入り修行か?
なんて考えながらパクパクと食べていった。
「味付け、どうですか?」
「うん、ちょうどいい濃さだね」
「見た目はおかしくありませんか?」
「全っ然。美味しそうだよ」
「よかったぁ。お口に合うか不安だったんですが」
「これだけ美味しいんだもん、練習なんていらないよー」
と言うと、顔を赤らめた。
なぜ顔を赤らめたのかはわからないが、多分誉められて嬉しかったんだろう。
「平野さんは、食べないの?」
「わ、私はダイエット中なので」
「ふぅん。痩せなくてもちょうどいいくらいだと思うけどね」
平野さんは、さらに赤くなった。
なんだろ。なんでだろ。
わからないまま年末を迎えた。
29日、私は誠一郎と夕飯の約束をしていた。
私が迎えに行くと、着すぎじゃない?と思うほど着ぶくれした誠一郎が出てきた。
「ちょっと着すぎじゃない?」
と私が言うと、
「俺はいいって言ったんだけど、お母さんがやかましくて」
と文句を言った。
見ると玄関先までお母さんが見送りに出てきた。
どうやら永澤の一件以来、うちは神経質になっているようだ。
「本宮さん、よろしくね」
とお母さんが言う。
「はい、大丈夫です」
と言う私。
「薬はちゃんと持ったの?」
「持ってる持ってる」
「じゃあ、気をつけて行くのよ?」
「はーい」
私は会釈すると沙織の手をとった。
いつの間にか、手を繋いで歩くことが当たり前になってきた。私の実家ではほぼ公認にされてきた私たちの仲。
この関係を壊したくない……いつの間にかそう思うようになっていた。誠一郎にも確認したいが、違う答えが返ってきたらと思うと聞けずにいた。
「ずーっと、この関係が続くといいな」
言い出したのは誠一郎の方だった。
「うん、続くといいな」
私はそう返した。
はたからみたら援助交際に見えるかもしれない俺たちは、そうやって互いの気持ちを確認して歩いた。
夕飯はイタリアンだった。焼きたてのピザに熱々のパスタ。シーザーサラダ。目一杯お腹に詰め込んだ。
デザートを食べているとき、誠一郎が言った。
「俺は沙織に会うまで、こんな食事したことがなかった。デザートだって、小さな頃は食べたけど、大人になって食べるようになるとは思ってなかったよ」
今までそういう食事が当たり前だった私は、そんな誠一郎を見てほほえましいと思った。
もちろん高校生らしく、ファーストフードなども食べていた私だが、夕飯となると、きちんとしたレストランに行くことが当たり前だった。
「俺の家族、沙織が見たらどう思うかな?」
それは素直で素朴な疑問だったのだろう。
「どうしてそう思うの?」
と聞くと
「うちってめちゃくちゃ平凡な家なんだ。兄貴は頭も顔もよかったし、大企業に勤めてるけど、それ以外は全く平凡なんだよな。家も沙織の家みたいにきれいじゃないし、ちょっとみじめ、っていうか、ね」
と返してきた。
「でも、温かい家族なんでしょ?」
「それが俺にもわからないんだよね。俺はただひたすら目立たないように、そればかりを意識してきたから、家族からもなんか、薄い気がしてさ」
「でも、今回は帰ろうと思った、でしょ?それはやっぱり家族の温かさがあるからだよ」
私はそう確信していた。




