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俺は沙織の勧めもあって、再び心療内科を受診した。
二回目ということもあり、手慣れた感じで漫画を取りだして読み始める。
すると、前の席に若い男の人が座っていた。
似てる
俺のハートがドクン、と波打つ。
全然別の人だろうに、永澤に見えてしまった。そうなったらもう、発作を起こす。
今回は前兆のようなものがわかったため、看護師さんに言って処方されていた薬を飲むことでとりあえず落ち着いた。
しかし、ここまで酷くなるものなのか。よほど心に負った傷が深かったと見える。
診察室に入り、まず今週前半の様子を話す。
パニックしそうになること、その回数や頻度までこと細やかに説明する。
先生は頷きつつカルテに細やかに書いていく。
そしてこちらを向いて言った。
「お薬の量をちょっと調整しますね。あと、種類も増えるからね」
「あの、私、どうしたらいいか……」
先生は大きく頷くと
「ゆっくりと、糸をほどくような作業が必要になります。あなたの中のその、怖い人の影を薄くしていくんですね。来年からはカウンセラーの先生にも診てもらいましょうね。今はできるだけゆっくり過ごすことを心がけてください」
と言った。
カウンセリング……それを受ければ俺はよくなるのか?わからなかったが、先生にお任せすることにした。
診察室を後にして会計を待っていると、さっき見違えた男の人がいた。
よく見れば全然似てないのに、どうして反応しちゃったのだろう。
過剰反応しすぎだな、と、自分で自分を笑った。
帰り道のバス、ちょっと違う路線に乗って旅をしてみた。
知らないお店、知らない人、知らない街。
そんな空気も悪くないなと思った。
少し帰りが遅くなったな、と思い、アパートに寄っていくことにした。母には少し遅くなると連絡を入れた。
あの事件以来、少しでも帰りが遅くなるとものすごく心配されて、タクシーで帰れるようにカードまで持たされていた。充分小遣いだけで足りると思うのだが、親心らしい。
そういえば、俺は全く実家に帰っていないよな……とふと気づいた。
母は元気だろうか?父は相変わらず飲兵衛なのだろうか?兄は仕事がうまくいってるだろうか?
去年の暮れもその前も帰らなかったから、丸々三年帰っていないことになる。
母からはたまに電話と荷物がくるが、それ以外に接点はない。
沙織も母からの電話は受けたみたいで、なんとか適当な事を言って話を合わせて切ったらしい。
今年こそ、帰れたら帰ろうかな。
実家は隣の県にあって、そう遠くはない。車で行けば一時間半で着く距離だ。だがしかし、帰るとなると沙織に同伴して帰らねばいろいろ不都合が生じる。
そんなことを考えながらアパートにつくと、もう部屋の電気がついていた。
ラッキー!ご飯食べにいこう!
俺は走り出していた。
◇
食事は近所のファミレスにした。
帰省について語る俺。真剣なまなざしでそれを聞く沙織。
「わかった、一緒に帰ろう」
沙織が言ってきた。
「家族の顔、見たいでしょ?」
「でも、泊まりがけになるよ?」
「うちの親、真剣に話せばわかってくれるから」
と言って沙織は笑った。
「泊まりがけで向こうの実家に行く?!それはさすがにお父さんも許してくれないと思うわ」
と母が苦虫を噛んだような顔をして言う。
「そもそも、本宮さんが実家に帰るだけなのに、あなたがついていく必要なんてどこにもないじゃない」
「だーかーらー。卒業アルバムとか見せてほしいし、一緒に帰りたいの!!」
そこへ父が帰ってきた。
「ただーいまー」
「あのねっ!お父さんにお願い事があるんだ!」
俺は積極的に打って出た。




