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俺は何度も過呼吸の発作を起こした。そのたびに沙織が助けてくれた。
俺は言葉にならないくらい沙織に感謝した。
しかし、トラウマというものはいつ、どこで発作を起こすかわからないものである。
でも、しゃにむに今日は沙織と一緒にいたかった。昨日あれだけの事件があったからかもしれない。俺のブラウスから少し見えている手首には、縛られた生々しい過去が刻まれていた。
とりあえずゆっくりカフェで話をして、それからゲーセンに行った。
なかなかとれないふまっしーのぬいぐるみをとってもらうのに、二千円以上注ぎ込んだ。今日はパァッと遊びたい気分だった。
車ゲームをして沙織に勝ったり、DDRをして負けたりした。
そこにはかつてデブだった俺の姿はなかった。スマートでかっこいい、中年のお兄さんが立っていた。
あれから九ヶ月。沙織は確実に前進していた。
俺はどうなんだろう?確かに塾には行き始めたし、勉強ぼっちは免れて、女の子の友達もたくさんできた。
ぼっちの俺からすればたいした進歩だが、係長にまで昇進した沙織には敵わないな、と思った。
やがて夕食の時間になり、予約していたお店へ到着。お店のなかで、さっき撮ったプリクラを沙織と半分こにした。
俺は前回のプリクラと同じように、スマホにそれを貼り付けた。
沙織も携帯に貼り付けてくれた。前回のプリクラは貼ってくれなかったのに、これもたいした進化だ。
嬉しい。素直にそう思った。
この九ヶ月の間に、テーブルマナーも覚えた俺。
他に何か出来るようになったかというと、具体的には思い付かなかったが、以前より前向き思考で動けるようになったと思う。
「乾杯!」
なにに乾杯したかはわからないが、それぞれの思いのもと、乾杯した。
出てきた料理はさすが、人気ビストロなだけあって、どれも手の込んだものだった。次々出てくる創作的な料理に舌鼓をうち、とても楽しい時間を過ごした。
「あのさ、誠一郎」
沙織が言い出す。
「車の運転……教えてくれないかな?」
「えっ?」
「誠一郎連れて、ドライブとか、したいじゃん?」
確かに俺は免許も車も持っている。だがしかし、中身である沙織には運転の知識はない。
「うん、わかった。今度教える」
俺はそう約束したのだった。
◇
翌日、母に連れられて心療内科へ行った。
そこはビルの二階にあり、待合室はゆったりとしたソファーにたくさんのマンガ、そしてアロマが焚かれていていい匂いだった。安心する待合室だった。
観葉植物も置いてあって、ホントにくつろげる、マンションのようなところだった。
一時間近く待って、ようやく名前を呼ばれた。
母がついてこようとしたが、別々に待つように、と指示された。
不思議と不安はなかった。
診察室に入ると、安心する匂いがした。
四十代くらいの男の先生で、他の人にはない安心感があった。
俺は事件の発端から今の気持ちまで、全部吐ききった。
不思議と涙が溢れてきた。
先生はティッシュをくれると、カルテにこと細やかに書いていた。
俺は、不安やパニックになりそうな前のときに飲む薬を処方された。そして母がよばれた。
「病名はPTSD、つまりはトラウマです。沙織さんは、事件のときに強烈な恐怖を感じたのでしょう。普段お昼間のむ薬と、パニックになる前のお薬を処方しておきます。次の来院は二週間後で予約をとっておきますね」
母は、
「はぁ、はぁ」
と相づちを打つだけだった。
診察が終わった俺は、なんだか元気になった。早速昼間の薬を飲んでみる。若干眠気が来るかもと言われていたが、大丈夫だった。
そこからはバスで帰宅したのであった。




