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私は誠一郎を支えるので手一杯だった。

どこにいても、過呼吸の発作を起こす。

こんな状態じゃ食事どころじゃない、と誠一郎に「帰ろう」と言ったが、誠一郎は頭を横に振り、一向に帰ろうとしない。

「今日は、今日こそはフレンチ、あそこの、食べるんだから」


私はできるだけ誠一郎がこちらを向くように努めた。こちらに意識があるときは発作を起こさないからである。

「明日から冬休みだね。なにか計画はあるの?」

と聞く私に対して

「沙織と初詣!初日の出も見たいな!」

と明るく返す誠一郎。しかし、その目はキョロキョロとせわしなく周りを見ていた。

多分永澤の影に怯えているのだろう。


二人きりになったほうがいいな、と思った私はカラオケに誠一郎を連れ込んだ。これなら大丈夫だろう。

そう思っていた。


が、しかし、密室になった途端に誠一郎は過呼吸の発作を起こした。

おそらく、永澤のワンルームとだぶってしまったのだろう。

あまりに発作を起こすので、休日診療に行こうかと言うと行かない、と言う。

「今日くらい沙織と一緒にいたい」

「一緒には、今日以外でもいれるでしょ?とりあえず体調を戻さないと」

と言うが、一向に聞かない。


仕方がないので近くのカフェに入った。

そこは照明を落としてあって、各テーブル周りだけに照明をしぼったお洒落なカフェだった。


ようやく落ち着いた誠一郎が、ポツポツと事件について話し始めた。


「ついてこいって強引に手を引っ張られて、抵抗したら、首筋にナイフを当てられたの。永澤の状態がおかしくて、これならいつ殺られてもおかしくないと思ったの」

私はうんうん、と誠一郎の話を聞いた。

「タクシーに乗ってからも、ずっとナイフを握りしめてた。俺、泣いちゃったんだけど、永澤がタクシーの運ちゃんに痴話喧嘩です……って言って何も助けてもらえなかった」

誠一郎がコーヒーを一口口にして、そして言った。

「マンションに連れ込まれたとき、もう生きて帰れないかも、と思った。部屋の中はたくさんの俺の写真と、記念すべきゴミが飾られていて、すごくゾッとした」

「そしてロープで手首を縛られた……」

誠一郎はうんうん、と答えると

「それでも、沙織が助けてくれるかもしれないって信じてた。そしてそれは本当のことになった」

「私ができたのは通報くらいで、あとは何もできなかったよ」

誠一郎はカップをソーサーに置くと、言った。

「由美子から電話もらって知った。沙織が永澤のマンションを見つけてくれたって」

「あぁ……あれはあれしか思い付かなかったから……」

「でも、警察の人はあの電話がなければマンションを特定しても部屋までは迅速にわからなかっただろうって。あの時俺が聞いた話だと、沙織が由美子に緊急連絡をいれ、由美子が合コン仲間に連絡を取ってくれて部屋が特定できたのだと言う話じゃない。」

確かにあれだけ迅速に部屋までわかったのはよかった。永澤も油断していただろうから。


誠一郎は沙織と由美子と合コン相手に命を救われたのだ。そのことは深く感じとらなければならない。感謝しなくてはならない。

そう思っているようだった。

一通り話し終わると、誠一郎は少し落ち着いた。

「沙織、今日はあの憧れのフレンチレストラン、予約してくれたんだよね?」

「予約を取るのには苦労したわ。なんせ有名フレンチだからね。席の空き待ちしたんだ。そしたら運よく巡り合わせた、って感じかな」

私がいうと、誠一郎が笑った。

やっぱり誠一郎は笑顔のほうがいい。

私はその笑顔を見て、この笑顔を守り続けていこう、そう思ったのだった。

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