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私はアパートに帰り、一人、悶々としていた。何時間くらいそうしていたかわからないが、酒を飲んでタバコをふかしていた。

タバコはもう吸うこともないだろうと、棚の中に放置していたものだ。

初めて吸うタバコの味は、苦くてよくわからないものだった。だが、なんでもよかったのだ。気をまぎらわすことができるならば。

ビールだって最初は苦いだけの不味い飲み物だった。だが、今や帰宅後の一杯はビールである。


私は沙織を自分の手で救えなかった。それはお父さんの言う通りだった。あのとき、一瞬でも意識が飛ばなかったらこんなに大事にはならなかった。


だが、今日のあの事件のおかげで、永澤の異常性に気づけたのだ。それだけはよしとしよう。


警察にはまるで犯人のように尋問を受けた。

その場にいながらなぜ目を離したのか、さんざん聞かれた。でも、本当のことは言えなかった。

まさか、二人の中身が入れ替わっているだなんて、病院送りだ。だから、言えなかった。なぜ、誠一郎の手を離してしまったのか。それはわからない、としか言えなかった。


お父さんの言う通りだった。

大好きな人を守ることができなかった……


そこで私はふと気づいた。


大好きな人。


あぁ、大好きな人って誠一郎のことか。

いつの間に好きになっていたのだろう?

愛してるから離れるなんて勝手なことを言っておいて、今さら……

永澤を選べばいいだなんて、なんて勝手なことを……


むしゃくしゃした。ゴミ箱を蹴り割って、壁を殴り付けた。それでも気分はおさまらずに、私は包丁を手にした。

今、まさに腕を切らんとするそのときに部屋のチャイムが鳴った。

慌てて包丁をシンクに置き、玄関を開けた。


するとそこには涙でぐしゃぐしゃになった誠一郎が立っていた。



ドアを開けるや否や、誠一郎は私の胸に飛び込んできた。

私はそれにびっくりして、思わず身を離してしまった。

誠一郎は言った。

「怖かった。でも、必ず助け出してくれるって、信じてた」

そう言うと誠一郎は再び胸に飛び込んできた。

私は今度こそしっかりと誠一郎を受け止めた。

そして、しっかり抱き締めると、

「許して……」

と、許しをこうた。

「許すもなにも、沙織が助けてくれたんじゃない」

「違う。あのとき、わたしが手を離しさえしなかったら、誠一郎はこんな怖い思いをしなくてよかったのに」

私の目から、すっと涙がこぼれ落ちた。

誠一郎はそれを指で拭うと、

「改めて紹介しないとね」

と言って外を見た。

そこにはお父さんとお母さんが、車を降りて待っていた。





「ここが君のアパートかね」

しばらくして、父さんはそう言ってアパートに入ってきた。

私はお父さんたちが来る一瞬前に蹴飛ばしたゴミ箱を寝室に移していた。

「なかなかしゃれたアパートだな」

お父さんはそう言った。

お母さんはそれに続くように入ってきた。

飲み終えた缶を片付ける暇はなかった。

「――飲んで、いたのかね?」

お父さんは一瞥するとそう聞いてきた。

「――飲まないとやっていられなかったので」

「沙織はいつも、ここに来ていたんだな」

ほぅ、とため息をつくと、そう言った。

「うん。ここでゲームしたり勉強したりしながら塾に通ってた」

「君は、ずいぶん沙織を信用しているようだな」

そりゃ、このアパートの主だからね、と言いたいのをこらえて、

「はい。信頼しています」

と答えた。

「二人は恋人同士、なのか?」

「「いいえ」」

二人の返事が被った。

「恋人候補な関係です。プラトニックなお付き合いです」

「そうか。それを聞いて安心したよ。僕はまだ、二人の交際については反対だ。」

お父さんはそう、言った。

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