65
私はその指輪を買ってお互いに右手の薬指にはめた。
約束。そんな意味を含んだ指輪だった。
「こんなに安いのでよかったの?」
と私が聞くと、
「ボーナス出たって、すくなかっただろ?」
と誠一郎が返してくる。
「そりゃそうだけど、三十代にもなって、これしか買ってあげられないって、なにか寂しいな」
と笑った。
誠一郎は、
「俺のほうがお金持ちですからね。今日の夕食も俺持ちで」
とからかってきた。
「もう!どうせしがない係長ですよ!」
私は笑って見せた。
幸せだった。何もかもが順調に思われた。
そのとき、永澤が現れた。
永澤は会釈をすると、手をつないでいた私たちの手をふりほどいた。
「あんたじゃ沙織さんを幸せにできない。そう言わなかったか?」
と私に突っ込んできた。
誠一郎は固まっている。
「なんでそんなことが言えるんですか?」
私がそう返すと、
永澤は強引に誠一郎の手を引っ張って連れていこうとした。
抵抗する誠一郎。私も懸命にそれを阻止した。
すると、
「そんなことできる立場かな?オカマちゃん」
一瞬時が止まった。誠一郎も固まった。
その隙にぐいぐい誠一郎を引っ張って永澤は行ってしまった。
すぐに追いかけたつもりだったが、ごった返す人の波の中、誠一郎は見つからなかった。
私は必死になって誠一郎を探した。
だが、一向に誠一郎は見当たらない。
携帯に電話をしてみる。すると、永澤が出た。
後ろで信号機の音がする。
「沙織さんは俺のものだ」
それだけ言い残して電話は不通となった。
信号機の音……その音は街中にある、スクランブル交差点の音だった……と思う。
私は走り出した。
このままじゃ誠一郎に危害を加えられるかもしれない。その前に止めないと!
ところが、誠一郎は全く見当たらなかった。
夜になり、さらに人がごった返す。
私は誠一郎の家へ電話を入れた。帰っていてほしい、ただそれだけを思って。
しかし、誠一郎は帰っていなかった。
お母さんの了承を得た私は、近くの交番に駆け寄る。
「すみません、誘拐事件です!!」
息を切らした私。
交番の警官は
「待ってください。落ち着いて、ゆっくり呼吸をしてください」
と私を宥めた。
言われた通りにした私は、順を追って説明した。
警察は速やかに出動した。
あとは誠一郎が無事見つかることを祈るだけ……
そのとき、取り乱したお母さんと、それを宥めるお父さんが交番にやって来た。
「娘が……娘が誘拐されたというのは本当ですか?」
顔色を真っ青にしたお父さんが聞いてきた。
「はい……」
「君はその場にいて、なにもできなかったというのか?」
「――はい、申し訳ありません」
お父さんは私に殴りかかってきた。
警官が仲裁に入る。
当たり前だよね。男がついていながら、なんで?って思うよね?
「……君を一発殴らせてくれるかね?」
私ははい、と頷く。
しかし、警官がそれを止めた。
「今は一刻も早く、娘さんを保護することに専念しましょう」
「では、元々被害者は、その、永澤という男にストーカーされていた、そうおっしゃるんですね?」
「はい」
「なぜ、警察に届け出なかったのですか?」
「自分たちの力でなんとかなるかなと思って……」
すると後ろでお父さんが怒鳴る。
「もっと早く、届け出ていたらこんなことにはならなかったのに!!」
お父さんは泣いていた。お父さんの涙を初めて見た。
こんなときに、不謹慎だが、私は両親の強い愛を感じて少し嬉しかった。こんなに大事にされていたんだな、と思った。
そして警察は誠一郎を探すため、警ら班が調査を進めていた。
わかっているのは永澤という名前と北条大学生であることくらいだ。
そしてふと思い出した。
あの合コンは、由美子と瞳が計画をしていたということを。




