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母がコーヒーを持ってきて、俺はケーキの蓋を開けた。
「うあーっ、美味しそう!お母さん、お皿、お皿」
「あら、ごめんなさいね、気が利かなくて……」
母は急いでお皿を取りに行った。
「すっかり女子高生らしくなっちゃって」
こそっと呟いた。
「これでも苦労はしてるんだからね!」
俺も声を潜めて言い返した。
コーヒーにケーキが揃い、どれを食べようかな、と悩んでいると、沙織が
「お母さんはこれだよね」
と、母の好きなケーキを取り分けた。
「やだ、沙織ったら、そんなことまで話してるの?」
口を押さえながら母が言った。
「そりゃぁ、まあ、ねえ」
なんとかごまかした。
コーヒーを一口飲むとケーキを口にした。久しぶりに甘い誘惑なのか、沙織は一気に食べてしまった。
すると横で、
「やっぱり男の人は、食べ方が豪快ね」
母が笑いながら言った。
「すみません、なんだかとても美味しかったので、つい……」
ケーキを食べ終わると、忘れていた、と、紹介した。
「お母さん、こちらがお付き合いしている、本宮さん。本宮誠一郎さん。誠一郎、こちらがうちの母。デザインの会社をやっているの」
そんなこと聞かなくったってしってるよ!!と顔に書いてあったが、まぁ、よしとしよう。
「デザイン会社ですか……素敵ですね」
沙織が話を合わせてくる。
「素敵なんかじゃないわよ。現場はいつでも戦場よ」
いままで見たことのない、母の複雑な笑顔。
母はここで質問に転じた。
「本宮さんのお仕事は?」
「日大ハムの統計係長をしています」
「日大ハムか……今時はお忙しいんでしょうね」
「はい、お歳暮やお年始にもっていく方がふえますからね。わたしの係ではそういった数字を集めて、今後の事業展開に役立つ資料を作っています」
「じゃあ、今度からうちのお歳暮もそちらに頼もうかしら?」
「そうしていただけると十万倍も力になります」
第一難関は突破した。
「本宮さん、お年はいくつ?」
「31です。来月32になります」
「そーお。沙織とは十五才も離れているのね。話は合うの?」
「えぇ、まあ、それなりに……」
「ご結婚を考えられたことは……?」
ズバズバくるなぁ……仕方ないか。
「結婚を考えたことは一度もありませんでした。と言うか、女性とのお付き合いをするのは、沙織さんが初めてです」
「あら、そう?あなたくらいかっこよければ、引く手あまただったんじゃないの?」
「恥ずかしながら、沙織さんと会うまで、デブでぱっとしない平社員でしたから……」
「あら。そんな風には見えないわ」
俺が口を挟む。
「ダイエットと仕事、両方頑張ったんだよね!」
「沙織さんのおっしゃる通りです」
そんな会話が二時間くらいかかり、俺たちは街ブラをするからと言って外に出た。
「緊張した?」
「かなりね。でも懐かしかった。あれでよかったのかな……」
「お母さん、機嫌がよかったから、大丈夫だよ!」
「それならいいんだけど」
それからしばらく街をぶらぶらしていると、アクセサリー屋に入っていった。
「高いのは買えないけど、欲しいのあったら言ってね。今日はクリスマスイブだからね。」
「えっ、いいの?!」
「もちろんよ」
俺はもじもじすると、
「違うお店いかない?」
と言い出した。
「いいけど、なにか欲しいものがあるの?」
「うん!」
小走りに歩く俺。のんびり歩く沙織。
そして座り込んだのは露店商だった。
「あったあった」
そこにはペアのシルバーリングがあった。
「こんな安いのでいいの?」
サイズは二人ともぴったりだった。
指輪は、互いに右手の薬指にはめた。
もう、迷わない。




