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私は次の日曜日、お母さんに会うことになった。

「スーツで行くべきかな?」

と誠一郎に聞くと、

「スーツなんて堅苦しい格好じゃ、お母さん引いちゃうよ」

と言われ、チノパンとチェックのシャツ、紺色のカーディガンにすることに決めた。

奇しくも、クリスマスイブだった。


今週は年末に向けて残業三昧になるらしかったので、プレゼントは当日一緒に買いにいこう、そう思った。


残業の後はジムで汗を流した。

身体はずいぶん引き締まってきており、顔の余分な肉も落ちた。

顔を見ていて、なかなかいい男だな、と自己陶酔していた。

親父臭さは一切ないように思えた。

これならお母さんも安心してくれるだろう。

当日はケーキを買って行こう。クリスマスイブだから、早めに行かないと売り切れてしまう。


私はお母さんに久しぶりに会えることにも喜びを感じていた。気楽に考えていた。





イブの日はやっぱり人が多い。

私は手土産のケーキを買うために並んでいた。

ケーキ屋は大繁盛で、いくつものケーキが売り切れていた。

ここのケーキ屋さんは、昔から私とお母さんのお気に入りで、誕生日はいつもここのケーキだった。

懐かしいな、と思いながら前に詰めていく。


思えば、九ヶ月近くお母さんに会っていない。

お母さんを忘れたりはしないけれど、もう手料理の味は忘れてしまった。

自分で煮物などをつくったりはしていたが、お母さんの味とはやっぱりどこか違った。同じ調味料のはずなのに、どうしてだろう?


そうこう考えているうちに自分の番がきた。運よくお母さんの好きなケーキはまだあった。お父さんの分も考えて、一人二個ずつ八個のケーキを買った。


そういえば、お父さんもここのケーキだけは食べるんだよね。懐かしくて涙が出そうになった。


あれから九ヶ月。長かったような、短かったような……社会に馴染むのに精一杯で、お母さんやお父さんのこと、思い出さないわけではなかったけれど、泣くことはできなかった。

それが、今、決壊しようとしている。

ケーキを購入して、少し公園で時間を潰した。

涙が零れた。抑えようとすればするほど、涙が止まらなかった。私はハンカチを取りだし、顔を拭った。

そして、自分の両頬をバシンと叩くと気合いを入れ直した。


流れとはいえ、彼女になってしまった誠一郎。決して嫌いじゃない。

でも、ここでお母さんに会ってしまうと、責任みたいなものが出来てしまって、抜け出せなくなるんじゃないかとの不安もある。

だが、誠一郎のために、行くしかなかった。



チャイムを鳴らす。

「はい」

と誠一郎の声がした。念のため、

「沙織さんの友人の本宮といいます……」

と言うと、誠一郎が

「門を開けるね。はいってきてー」と言って門が開いた。

ガガーッと上がる門に懐かしさを覚えて、私は一歩ずつ玄関へと歩いていった。


玄関では誠一郎が待っていてくれた。

「早かったね」

「うん、これを買いに行ってたからね、早かったの」

と、手土産のケーキを誠一郎に渡した。

「うわあ、やったぁ!」

誠一郎が女子高生らしく驚くと、部屋の中へと入っていった。

私は靴を揃えると、スリッパを拝借して誠一郎のあとに続いた。

「こんにちは。初めまして」

お母さんは優しく微笑んで迎えてくれた。

誠一郎が手土産のケーキを渡す。

「あら、まあ、こんなにたくさんケーキを。申し訳ないわぁ」

お母さんに軽く会釈をする。

「コーヒー派?紅茶派?」

と聞かれてコーヒーと答えた。

「ちょっと淹れてくるから待っていてね」

お母さんは相変わらず優しい。

「今日は来てくれてありがと」

「ううん、こっちこそ」

お母さんはコーヒーが入ると、パタパタともどってきた。

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