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私は次の日曜日、お母さんに会うことになった。
「スーツで行くべきかな?」
と誠一郎に聞くと、
「スーツなんて堅苦しい格好じゃ、お母さん引いちゃうよ」
と言われ、チノパンとチェックのシャツ、紺色のカーディガンにすることに決めた。
奇しくも、クリスマスイブだった。
今週は年末に向けて残業三昧になるらしかったので、プレゼントは当日一緒に買いにいこう、そう思った。
残業の後はジムで汗を流した。
身体はずいぶん引き締まってきており、顔の余分な肉も落ちた。
顔を見ていて、なかなかいい男だな、と自己陶酔していた。
親父臭さは一切ないように思えた。
これならお母さんも安心してくれるだろう。
当日はケーキを買って行こう。クリスマスイブだから、早めに行かないと売り切れてしまう。
私はお母さんに久しぶりに会えることにも喜びを感じていた。気楽に考えていた。
◇
イブの日はやっぱり人が多い。
私は手土産のケーキを買うために並んでいた。
ケーキ屋は大繁盛で、いくつものケーキが売り切れていた。
ここのケーキ屋さんは、昔から私とお母さんのお気に入りで、誕生日はいつもここのケーキだった。
懐かしいな、と思いながら前に詰めていく。
思えば、九ヶ月近くお母さんに会っていない。
お母さんを忘れたりはしないけれど、もう手料理の味は忘れてしまった。
自分で煮物などをつくったりはしていたが、お母さんの味とはやっぱりどこか違った。同じ調味料のはずなのに、どうしてだろう?
そうこう考えているうちに自分の番がきた。運よくお母さんの好きなケーキはまだあった。お父さんの分も考えて、一人二個ずつ八個のケーキを買った。
そういえば、お父さんもここのケーキだけは食べるんだよね。懐かしくて涙が出そうになった。
あれから九ヶ月。長かったような、短かったような……社会に馴染むのに精一杯で、お母さんやお父さんのこと、思い出さないわけではなかったけれど、泣くことはできなかった。
それが、今、決壊しようとしている。
ケーキを購入して、少し公園で時間を潰した。
涙が零れた。抑えようとすればするほど、涙が止まらなかった。私はハンカチを取りだし、顔を拭った。
そして、自分の両頬をバシンと叩くと気合いを入れ直した。
流れとはいえ、彼女になってしまった誠一郎。決して嫌いじゃない。
でも、ここでお母さんに会ってしまうと、責任みたいなものが出来てしまって、抜け出せなくなるんじゃないかとの不安もある。
だが、誠一郎のために、行くしかなかった。
チャイムを鳴らす。
「はい」
と誠一郎の声がした。念のため、
「沙織さんの友人の本宮といいます……」
と言うと、誠一郎が
「門を開けるね。はいってきてー」と言って門が開いた。
ガガーッと上がる門に懐かしさを覚えて、私は一歩ずつ玄関へと歩いていった。
玄関では誠一郎が待っていてくれた。
「早かったね」
「うん、これを買いに行ってたからね、早かったの」
と、手土産のケーキを誠一郎に渡した。
「うわあ、やったぁ!」
誠一郎が女子高生らしく驚くと、部屋の中へと入っていった。
私は靴を揃えると、スリッパを拝借して誠一郎のあとに続いた。
「こんにちは。初めまして」
お母さんは優しく微笑んで迎えてくれた。
誠一郎が手土産のケーキを渡す。
「あら、まあ、こんなにたくさんケーキを。申し訳ないわぁ」
お母さんに軽く会釈をする。
「コーヒー派?紅茶派?」
と聞かれてコーヒーと答えた。
「ちょっと淹れてくるから待っていてね」
お母さんは相変わらず優しい。
「今日は来てくれてありがと」
「ううん、こっちこそ」
お母さんはコーヒーが入ると、パタパタともどってきた。




