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永澤に心変わり?あり得ない、そんなことは絶対に。
沙織は俺の告白をなんだと思ってるんだ?!
俺は沙織から渡されたカイロを手にして言った。
「心変わりなんかしないよ!」
「どうして?」
「俺は、俺の中身は男だから!俺には沙織しか見えないから!」
ふぅ、と沙織がため息をついた。
「でもこのままでいると、私以外の人を見れなくなるわね」
「それでいいんだって。沙織が俺のこと好きになってくれたら、それでいいんだって」
「好きに……ねぇ」
そこまで言ってはっと気づいた。
俺、沙織から異性として好きだと言われてない……
「さ、沙織の気持ちはどうなのさ?」
「私?うーん、好きだと言えば好きなような……違うと言えば違うような……」
「少しでも、俺のこと、気にならない?」
「気にならなくはないよ。それは、絶対」
「じゃあ……」
「私の気持ちは『愛してる』に近いかな」
「愛してる……?」
「愛してるからこそ、将来に負担をかけたくないし、迷惑な存在になりたくない」
沙織は息を白くしながら言った。
「誠一郎の将来に、傷をつけたくない」
「だから、永澤とくっつけっていうの?あのストーカーと?」
「永澤は本気だ」
「でもストーカーじゃない!だから、今日だってこうして送ってくれているんでしょう?」
「永澤にはストーカー行為はやめてもらうように話をして来た。私以外の人と向き合うチャンスなのかな、とも思う」
俺の頬をなにか熱いものが伝っていく。
それが涙だと気づいたのはしばらくたって涙がすっかり冷たくなってからだった。
「沙織の言う愛してるって、どういう意味?」
「一番大切な人って意味だよ……」
「なら!!俺の意思を尊重するべきだろう?」
「それなら私と結婚でもする?」
「結婚?!ああ、したいよ!俺が高校卒業したら、すぐにでも!」
「――だから、ダメだって言うのよ。誠一郎には、きちんと大学に行って、きちんと就職して、きちんとお嫁にいってほしい」
「じゃあ、俺、待つよ!就職もちゃんとする。だから、待っててよ!」
嗚咽しながらやっとのことで声を出した。
「待っていられればいいけど、そのときは私はもう40に手が届く、いまよりおっさんだよ」
「それは構わない!だって俺の好きなのは沙織の中身だから!」
「じゃあ、私を両親に紹介できる?」
「できる、できるよ!」
俺は必死だった。今繋ぎ止めなければ沙織がどこかへ行ってしまいそうな、そんな気分がした。
沙織はふっ、と笑うと、
「じゃあ、紹介してくれるの、待ってるね」
と、言った。
家に帰ってから、バタバタと二階へあがり、自分の顔を見た。涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。
顔を拭い、階下へおりていくと、母が
「沙織ー。ご飯できてるわよ」
と声をかけられた。
出された味噌汁の温かさに涙がまた出てきた。
「どうしたの?なにかあった?」
と聞いてきた母に、俺は涙を拭いながら言った。
「ちょっと、彼氏と喧嘩して」
「彼氏?沙織、お付き合いしてる人がいるの?」
俺は首をコクリと縦に振った。
「それなら今度うちに連れてらっしゃいよ。同級生の子?先輩?」
「三十代の人」
とたんに母の顔色が変わった。
「そんなに年上の人と?どこで知り合ったの?」
母の口調が少し厳しくなる。
「別に……道でぶつかったのが最初」
間違ったことは言ってない。
「そんな年上の人と……どうして?」
母が泣きそうになっている。こっちも泣きたいよ。だけど、あの事故がなければ沙織と知り合うこともなかった。あの日は俺にとっては記念すべき日……
「その人、ちゃんとした人なの?」
母の質問は続く。
「うん……日大ハムで、今は係長をしてる」
それを聞くと母も若干落ち着いたようで、
「お父さんにはなんて言おうかしら……」
と悩み始めた。
「お父さんには、私が、言う」
「でもいきなりお父さんに言うのはやっぱり……今度の日曜日、お父さんは接待ゴルフでいないから、彼がよければ、連れてきなさい」
母は無理矢理微笑んで見せた。




