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とりあえず沙織の誤解は解いた。
問題は永澤だ。
「俺が『彼氏がいるから』って言ったら、俄然その方が燃えるって、こんなメールが……」
俺は沙織にメールを見せた。
永澤が一生懸命なのがよくわかるメールだった。
「これ、こんなに好かれてるのに、いいの?」
沙織が尋ねてきた。
「いいの?もなにも、俺には沙織がいるじゃん」
「でも、それは私の会社に帳面あわせするためだけのことだったから……」
「本気でそれだけ?俺のことはこれっぽっちも気になってない?」
「それは……」
「正直にいう。俺は沙織が好きだ」
一瞬周りの時が止まったかのような気分がした。
驚く沙織の顔。
驚きすぎてはしを落とした沙織の元に、新しいはしが届けられる。
全てがスローに感じられた。
「ちょっ……ちょっと待って。それって自分の身体が好きっていうこと?」
驚きのあまり、声がひっくり返った沙織。
「いや、違うよ。俺は中身の沙織自身が好きなんだ」
言ってて自分の顔が熱くなるのを感じた。
「誠一郎……言ってる意味がよく……わからない」
炒飯が届いた。
しかし、二人ともはしをつけれずにいる。
「つまりは、だ」
「うん」
「俺は男として、沙織が好きだ」
「……うん……」
沙織は涙目になり、俺は炒飯をついだ。沙織の方にテーブルを回した。完全に照れ隠しだった。
「話はそれで終わりじゃない」
「うん?」
「今日、放課後、永澤に待ち伏せされた」
「えっ?昨日の今日で?」
「向こうは本気らしい。どうしたら諦めてもらえると思う?」
「そりゃ、ラブラブなところを見せるとか……あと、無視し続けるとか……そういうんじゃないと……」
俺は唾を飲んで聞いた。
「ラブラブ作戦、協力してくれる?」
「当たり前でしょ?」
そう言ってくれる沙織に、俺は微笑んだ。
――そういえば沙織の返事を聞けてない……
そのことに気がついたのは帰宅してからだった。
でも、今さら話すなんて出来ないし、どうしたものだろう?
クリスマスを控えて、俺の心はさ迷うばかりだった。
◇
永澤は、ストーカーのように毎日待ち伏せしてきた。
やっと残業がない日がやって来た。
俺と沙織は途中で待ち合わせてアパートへ帰る作戦だ。
自転車を押しながら、わざと永澤に見せつけるように、きゃっきゃうふふ、と歩く。案の定永澤はついてきている。
スーパーに寄って買い物をして帰る。まだ永澤はついてきている。
一体いつまでつける気なんだろう。
そのままアパートへ入るが、窓の隙間から、まだ見張っている永澤が見える。
「やっぱりやつはおかしいぞ」
「ストーカー気質ね」
今日の夕飯はお鍋にした。簡単だし、片付けも楽だ。
帰り道、もしかしたらまだ見張っているかも、と沙織が家まで送ってくれた。
案の定、まだ永澤は見張っていたらしく、こそこそついてきているのがバレバレだ。
沙織が、
「ちょっと走れるかな?」
と聞いてきた。
「少しなら、なんとか」
すると沙織は住宅街の中へと走り出した。
永澤が慌てて追いかけだす。
沙織は塀を乗り越えてなおも走る。
やっと走り終えると、辺りを見回した。
「これで大丈夫だね」
と咳き込みながら沙織は言う。
「でも、なんでまいたの?」
「そりゃ、あんた。あれだけ粘着質な男に実家を教えるわけにはいかないでしょ?」
「あー、そういえばそうだな」
明日からの通学の足が重たくなりそうな一件であった。




