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お父さんはまだ帰っていなかった。
それだけで少しホッとした。うまく言ってくれたんだね、お母さん。
沙織が頭を下げながら昨日の出来事を話してくれた。
二人が友人関係以外の何者でもない、ということも。
友人関係以外の何者でもない、という言葉にチクリチクリと胸が痛みながらも、俺は沙織に話を合わせた。
「そうだったの……」
母は優しくそう呟くと、俺の手をしっかり握りしめた。
「沙織はお友だちのことを思って、言ってしまったのね。お母さんも経験あるからわかるなぁ」
「えっ?お母さんも?」
「そうね、あれは沙織と同じ年くらいのころかな……」
母が話始めた。
その時ね、お友だちがやっぱり恋に悩んでいてね。告白するかしないかで迷っていたの。
そんな時に、お母さん、お友だちにこう言っちゃったの。
「告白もしないですむ程度にしか好きじゃないんだ」
ってね。相手の子は泣き出しちゃってね。お母さん、言い過ぎたなって思ったんだけど、なかなか謝れなくて……結局そのまま卒業してしまったの。
だけど、十年経って同窓会の時に、その子に会ったの。お母さん、やっと謝ることができて、その子も許してくれた。
沙織が今お友だちと仲直りできたなら、それはいいことなんじゃないかな?と思うの。
母は話を終えると、俺たち二人に微笑んだ。
俺は何故か感動して、少し泣いた。
俺は沙織が帰るのを見送ってから自分の部屋へ戻った。
そして手帳の今日の日付にピンクのペンでハートマークを書いた。
今日はファーストキス記念日。
お互い初めてで良かった。ん?俺はいいけど、沙織はホントに俺で良かったのかな?少し不安になってきた。
だけど、いくら勢いだとしても、嫌いな子にはキスなんかしないよね?そうだよね?
ついでに胸も揉まれたけど、あれも勢いだよね?
あれ?男の時って、俺って勢いでそんなことする勇気なかったよね?
っていうか、女子とのふれあいどころか、話すらしたことがないよ。そりゃ、会社でとか学校とかで用事を話すことくらいはあったさ。
だけど、肉体的にふれあえる、そんな経験は今までなかった。
だから、沙織の言う、勢いっていうのがどういうことか、わからなくなってしまった。
女の子だから理解できないのか……
男の性ってやつを。
俺は風呂からあがると、久しぶりにパイ揉みをした。でも、やっぱり自分で触っても気持ちよくない。昨日みたいにドキドキしない。
これは異性にさわられたらその時だけ感じるものなのか、悩ましい。
少なくとも、昨日さわられた時点では気持ちよかったので、不感症ということはないだろう。
そうだ、異性にさわられないと感じないんだ。
俺はそう結論付けた。
お父さんが帰ってきた。このところ、ずっと遅い帰宅。
仕事が忙しいのかな……
そう思っていたら、階下から喧嘩する声が聞こえてきた。なんと言っているのかまではわからないが、父と母は喧嘩していた。
俺はなんとなく不安になり、階下へ降りていった。
「この家を手放すっていうの?!」
「だから、それは最終手段であって、今すぐってわけじゃない!」
「でも、このまま経営が傾いていったら……私は嫌よ、このうちを手放すのは!」
そんな事態になっていたとはつゆほども知らなかった俺は、リビングのドアを開けた。
「さ、沙織……」
「沙織は二階に行ってなさい」
二人は少し動揺したようだ。
「私にも関係あることだから……聞かせて?」
そう言うと、俺はソファーに腰かけた。
「お前は二階に行ってなさい」
と父が再度言った。
だが、俺は頭を横に振った。
「家族なんでしょう?私にも関係あることだから……」
と言って、その場を動かなかったのであった。




