05
朝から起こされた私は、誠一郎からの指導で、会社に今日一日だけは休む旨を伝えた。
それから伸びをして立ち上がると、ため息をついた。
「全部夢だったらよかったのに……」
「夢だったら、なんて私ももう何百回も考えましたよ……」
呟くような小さな声で誠一郎が言う。
「って言うか、あんたキモい!キモすぎ!なんで私がこんな身体になんか!!」
っと叫ぶと、誠一郎から「しーっ」と言われた。
「か、壁はそんなに厚くないんで……」
壁を指差して誠一郎がぼそぼそ呟く。
「なにぼそぼそしゃべってんのよ!もっとシャキッとしなさいよ!」
はあ……と誠一郎は言う。
私はぶちギレしながらわめきたてる。
「だいたい、あんたがしっかり前を見て歩いてないのが悪いんでしょ?!」
「そ、それはお互い様なんじゃ……」
自分の姿がぼそぼそしゃべっていることに腹を立てた。
「私の身体でそんなに挙動不審にしないで!」
「す、すみません……」
「とにかく、今日は学校への道のりとかを話し合うんでしょ?さっさと始めようじゃない」
「そ、そうですね……」
私は昨日片付けた中から裏側が白いチラシとボールペンを持って来た。
さっさと書けよ、と誠一郎に促す。焦りながら書く誠一郎を見ながら、私の苛つきは頂点に達した。
「そんなぐしゃぐしゃな地図でわかるわけないじゃない!もういい。直接連れていって!」
「そ、そう言われても……」
「いいから連れていって!」
誠一郎はしぶしぶ腰をあげた。
「駅一つ分を電車で通ってるの?」
「はい……歩くには少し遠いですから」
呆れた。ちゃんちゃらおかしい。
「自転車持ってないの?」
「あ、あります……」
「そう。じゃあ明日からは自転車通勤ね」
「ええっ?」
「だって見てよ、このぶよぶよ。なんとかしないといけないじゃない?」
はあ……と誠一郎は言う。
会社の近くまでやって来た。
「ここを右に曲がってすぐに会社が見えますので……」
「あんた、ハム屋じゃないの?こんなビル街で……」
「俺は総務部なんで……事務員です。右に曲がるとすぐに日大ハムの看板があります。そのビルの二階の一番奥が俺の職場です」
珍しく誠一郎がはきはきしゃべった。仕事モードのときはしっかりしているようだ。
「よっしゃ、じゃあここから歩いて帰ります」
「ええっ?歩くんですか?」
「当たり前でしょ。明日からチャリ通するんだから、道を覚えなきゃ」
「なるほど……」
そう言うと私は歩き出した。
ビルのガラスに写りこむ姿は昨日と全く同じ、おじさんだった。
どうしてこんなことになっちゃったんだろう。昨日甘味処に寄らなければこんなことにはならなかったはず。帰りにコンビニに寄っていればこんなことにはならなかったはず。
昨日の自分の行動を悔やんだ。
ビル街では、急いでいるサラリーマンが大勢いた。みんな同じに見える。同じ色のスーツ、同じ色のカバン。みんな時計を見ながら歩いている。
そんな中の一員にこれからなるんだ、と思うと憂鬱になってきた。
誠一郎とは距離をとって歩いていた。別に示しあわせたわけではないのだが、女子高生を連れて歩くのは不自然すぎると思ったからだ。
誠一郎がリードして前を歩く。
ほんの数歩遅れて私が歩く。
しばらくそうやって歩いていると、無事にアパートが見えてきた。
お昼近くになっていたので、コンビニに寄って帰ることを誠一郎に告げると、
「わかりました」
と言い、アパートを過ぎた。
ついていくと、昨日の交差点を通過する。
昨日はコンビニにでもいくつもりだったのか、と勝手に納得する。
しばらく行くと、コンビニが見えてきた。
コンビニで惣菜パンを一つだけ、購入しようとする。
すると誠一郎が、「そんなんじゃ足りませんよ」
とカレーを二つ持ってくる。
そして惣菜パンを一つ、持ってくる。
「そんなに誰が食べるのよ?」
「俺の身体に惣菜パン一つは厳しすぎます」
「で、このあと一つのカレーと惣菜パンは?」
「それは俺のです」
「そんなに食べれるわけないでしょっ!だいたいお弁当だってあるのに……」
「だってお弁当だけじゃ絶対足りませんよ?お弁当とても小さかったじゃないですか!」
こいつ、食い物が絡むとやたらはきはきしゃべるな……と思いつつ、カレーを一つ、棚に戻した。
「惣菜パンまではギリギリ許すけど、私は太りたくないんだからねッ」
と誠一郎を睨むと、誠一郎の持っているカバンから財布を出した。
「あっ、俺の財布を使ってください」
「いいのいいの。このくらい奢れるから」
と言って一万円をレジに出した。
そのやり取りは近くに人がいたら、絶対に怪しむような行動だった。
幸い、近くには男性一人しかいなかったが、その男性は訝しげにこちらを見ていた。
私はさっと財布を元に戻すと、買い物袋を持った。
「あ、それ、持ちます」
と誠一郎が言ったが、
「これくらいは男の仕事でしょ?」
と私はやんわり断ったのであった。