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俺は逃げていた。
沙織のことをちゃんと理解することから逃げていた。
食事の途中で帰った俺は、急いで制服に着替え、電車に乗って帰った。
涙が、止まらなかった。
『好きだから、身を引くんだよ!』
その言葉が頭から離れなかった。俺だって好きだから黙って応援してるんだ。沙織は幸せにならなきゃいけないんだ、いつか身体が戻ったら、新しい恋をして、素敵な旦那さんを持つんだ!!
それが俺の夢だった。
だから、簡単に終わらせたくなかった。沙織の想いが少しでも安野に伝わればいいと思っていた。それが例え先輩後輩の仲でもいい、誰にも邪魔されず、二人の関係が続いてくれるといい、そう思っていた。
揺れる電車の中で、俺の涙は止まらなかった。
家に帰ると、母がびっくりして出迎えた。
「沙織、あんた塾はどうしたの?」
「今日は体調悪いから休み」
「ご飯……食べれる?用意しようか?」
「うん、軽くでいい」
俺はそういうと、自分の部屋へ行き、制服を脱ぎ捨てた。
すると、窓にコツン、コツンと音がした。
カーテンを開けると沙織がいた。
俺は急いで階下に降りると玄関を開けて外へと飛び出した。
「誠一郎、さっきはごめんね。誠一郎は私のためを思ってくれてたんだよね」
沙織が泣きながら呟く。
「沙織、あんまり泣くといい男が台無し」
と言うと、ふふっと沙織は笑った。
ふふっと、俺も、笑った。
おでことおでこを合わせて、二人で笑った。
「俺たち二人も、幸せにならなきゃな」
「うん、そうだね」
頭を離して向き合うと、俺は沙織を抱き締めた。
沙織は少し驚いていたみたいだったが、抱き返してくれた。
「もう、沙織、どこに行ったの?」
と母が出てきたのはそのときだった。
沙織は慌てて身を離すと、母にお辞儀をした。
「ど……どなたですか?」
母の声は少し震えていた。
「も……本宮誠一郎と申します。沙織さんとは友人で……」
「友人……?」
「そうだよ、お母さん。変な関係とかじゃないから」
母は困った顔をして言った。
「……沙織はまだ高校生です。何もわからない沙織をたぶらかさないでください!」
そう言うと、俺をぐいぐいと玄関に押し退けた。
沙織が
「誤解させてしまったようで申し訳ありません。沙織さんとは本当に友人以外の何でもありませんから。娘さんを信じてあげてください」
と言っている声が聞こえる。母の言葉は聞きとれなかった。
玄関まで戻ってきた母は、私の手を握りしめ、食卓へ導いた。
「お母さん」
「なぁに?」
「どうして誠一郎のこと何も聞かないの?」
母は一旦手を休めて、それから夕食を俺の前に並べながら言った。
「お母さんね、恋をするなとは言わない。言えない。でもね、沙織。沙織の歳にはいくらだって恋人候補がいるでしょう?」
「それって、誠一郎の年齢が上だからってこと?」
「そうね、だってあなたはまだ17歳なんだもの。あんなおじさんに騙されるんじゃないのか、お母さん心配なのよ」
俺は思わず立ち上がって言った。
「恋に年齢差なんて関係ない!」
「そりゃそうかもしれないけど、沙織にはまだまだいい人がたくさんいるんじゃないかと思って」
「お母さんには私の気持ちなんてわからないよっ!」
俺は二階にあがり、財布と携帯と鍵を持って家を飛び出した。
「沙織!!」
母の声がはるか遠くで聞こえたが、俺は無視して走り続けた。
沙織のいる部屋へと。
沙織。俺はいつだってマジだったよ。
例え沙織が安野を好きでも、俺の気持ちはとまらない。
寒さに凍えながらアパートに向かって、俺は歩き出したのだった。




