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私は係長になった。
みんなが拍手してくれた。
左遷された係長のことは心配だったが、今はただ素直に嬉しい。
ただ、係長という業務が私に務まるかどうかは不安だった。
今まではただひたすら伝票の数字を入力するばかりだったが、これからはその数字のチェックと、会議にかける資料作りが主な業務となる。
特に会議にかける資料作りは、パワーポイントを使ったことのない私には未知の世界だった。
慌てて私はパソコン教室に申し込みをした。
今まではなんとかなっていたけれど、付け焼き刃じゃ効かない大きな壁が立ちふさがった感じだ。
とりあえず教室は明日から。今日は残業もせず帰宅した。
案の定誠一郎がまだゲームをしていた。
誠一郎は私を見つけると、うきうきして言った。
「今日はジムも休み?」
「えぇ、係長に昇進したんだ」
「えぇっ!お祝いしなきゃ!!」
「祝いはいらないよ」
「でも……」
誠一郎は祝いたくて仕方ないらしい。
「仕方ないな。じゃあ、ご飯、食べに行こっか」
「うん!」
「イタリアン、フレンチ、何がいい?」
「沙織が食べたいものならなんでもいいよ!」
「じゃあ、今日はフレンチで!」
前に行ったフレンチの店を予約する。
ごそごそと着替え始める誠一郎。私は背中を向け、着替えが終わるのを待った。
「今日は私の奢り!」
「えぇっ!でも……」
「たまには係長様にお任せしなさい!」
「はーい!!」
誠一郎は嬉しそうだった。
嬉しそうな誠一郎を見るのは大好きだった。
ホントに嬉しそうで、まるで子どもの様だった。
そんな誠一郎を私は愛しく思った。
安野を見るときとは違う、これは愛なんだな、と思う。恋じゃない。
フレンチについた。
予約のときにコースは伝えてあるので、スムーズだ。
こんなときに出す話題じゃないけど、私は口を開いた。
「安野くん、相原さんのことが気になってるみたい」
「えーっ、やっぱり?」
「あいつはいいやつだよ。少なくともすぐに女を乗り換えるようなタイプじゃない。自然な気持ちだと思うんだ」
「でも、それで唯が傷ついたらわたしのせいだ……」
「誠一郎のせいじゃないよ。二人は出会うべくして出会ったかもしれないでしょ?」
「でも、そしたら沙織の気持ちはどうなるんだよ?」
「私は私。どうせ伝えられない思いなんだから、安野くんには幸せになってもらいたいんだ」
「でも、二人は約一回りも年齢差が……」
私は言った。
「恋をするのに年齢差なんて関係ないよ。お互い好きっていう気持ちが大事」
誠一郎はしばらく黙ると、私にこう言った。
「俺とお前が入れ替わって元に戻ったら……?そしたら付き合うんじゃないのかよ?」
私は少し考えて言った。
「私は、元に戻っても、付き合ってって言わないと思う」
「なんで?どうして?!あいつのこと好きなんだろ?!」
ちょっとお店の注目をあつめてしまったが、誠一郎を座らせると言った。
「今は相原さんのことが気になってるのに、二人の邪魔は出来ないから」
「お前の好きって気持ちはそれだけのもんなのかよ」
「好きだから、身を引くんだよ」
誠一郎はテーブルにどすんと手を置くと、立ち上がっていった。
「じゃあ、もし、俺がお前のこと好きだって言ったらどうするんだよ?!」
私は驚きを隠せなかった。
そこまで言うと、食事もそこそこに、誠一郎は店を出ていってしまった。
私はお勘定を済ませると、急いで誠一郎の後を追った。
だが、クリスマスイルミネーションの輝くこの季節、誠一郎は見つからなかった。
もしかしたらアパートに帰ってるかもしれない、と思い電車を待った。
アパートには乱雑に着替えたあとが残されていた。




