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安野は誠一郎に会っても普通に接してくれた。

私はそれだけでも嬉しかった。

「諦めます」

と言ったのは嘘じゃなかったんだな、とホッとした。


しばらく誠一郎たち二人はゲームをしてから塾へと行った。


安野は上機嫌でビールを手にしていた。私も酎ハイを片手につまみをいじっていた。


「諦めたって、ホントに?」

「ホントもホント。もうすっぱりですよ。」

「ならいいけどさ……」

「先輩は優しいんですね」

ホントは優しくなんかない。安野の気持ちが誠一郎から離れたことでホッとしている、ずるいやつだ。

そして隙あらば自分が入り込もうとしている、ずるいやつだ。


最も、私は男なんで、隙があっても届かぬ想いだが。もっと「先輩、先輩」って頼られたい。安野との時間を長くとりたい。そんなことばかり考えている、悪どいやつなのだ。

仕事にジムに、ほとんどの時間を一緒に過ごしてきた。それでももっともっと、と思う私はおかしいのだろうか?

今日にでも誠一郎に電話して聞いてもらおう。


宅飲みは延々と続いた。やれ係長がどうだの、同僚の平野さんがどうだの、人の恋愛話までした。

こういうところは女子トークと変わりはない。

とても楽しい時間を過ごした。





夜になって、恒例の電話タイムだ。

「もしもし?」

『もしもし?』

「私だけど、安野くんね、あなたのことすっぱり忘れることにしたって」

『でしょうね』

「え?」

『相原さんとケー番とメルアド交換したらしいよ』

「えっ……いつの間に……」

『いつの間に、じゃないよ。俺は友達は傷つけたくないんだ。そこのとこ、安野くんにちゃんと言って聞かせといてね』

電話を切ってからもしばらく放心していた。

安野はそんなに軽い男じゃないと思っていたから、余計にショックだった。

今日は眠れそうにないや。携帯で漫画を読みつつ過ごしていた。



いつの間にか眠ってしまったらしい。


私は朝風呂を浴びると出勤へ備えた。

髪もずいぶん伸びてきていて、ワックスでくしゃくしゃっとすると、癖毛がいい感じに決まった。

顔も痩せたら結構イケメンになった。


今なら自信を持って告白でも何でもできそうな気がするが、いかんせん相手は男だ。まともな返事は返ってこないだろう。


クリスマスイルミネーションを見ながら、私は自転車で通勤するのだった。





今日は係長の虫の居所が悪いらしい。

出勤早々呼び出された。


係長は仏頂面で言った。

「お前、来週からうちの係長になったから」

「えっ?」

「俺は工場の方の担当になったから。まあ、座れよ」

「はい……」

係長は缶コーヒーを手渡してくれた。

「思えばお前とは長い付き合いだったよな……」

「はい……」

わからないが合いの手を入れる。

「入社したてのお前を誰より俺がかっていた」

「はぁ……」

「きつい思いをさせたと思う。すまなかった」

係長がコーヒーを口に含んだ。私もコーヒーのふたを開けて一口飲んだ。

「だがな、本宮。お前には係長、いや、それ以上やれると俺は最近思うようになった。ダイエット一つにしても、やり遂げるというのは、生半可な根性ではできない」

「はい」

そう言ってまた一口飲んだ。

「今は内定という立場だが、じきに上の方から辞令が降りると思う」

「係長は……係長はどうなるんですか?」

「俺は現場に戻る。係長としてな」

現場の係長……それはいわゆる左遷、だった。

「本宮、俺のあとをよろしく頼む」

係長は頭を下げた。

「そ、そんな、頭をあげてくださいよ」

それでも係長は頭をあげなかった。

私も頭を下げた。係長は意地悪であんなに仕事を押し付けたり、嫌みをいったりしていたのは嫌いだからだと思っていた。


それがこんなに思ってくれているとは思いもしなかった。


係長は泣いていた。私も、少しもらい泣きをしたのであった。

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