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安野は誠一郎に会っても普通に接してくれた。
私はそれだけでも嬉しかった。
「諦めます」
と言ったのは嘘じゃなかったんだな、とホッとした。
しばらく誠一郎たち二人はゲームをしてから塾へと行った。
安野は上機嫌でビールを手にしていた。私も酎ハイを片手につまみをいじっていた。
「諦めたって、ホントに?」
「ホントもホント。もうすっぱりですよ。」
「ならいいけどさ……」
「先輩は優しいんですね」
ホントは優しくなんかない。安野の気持ちが誠一郎から離れたことでホッとしている、ずるいやつだ。
そして隙あらば自分が入り込もうとしている、ずるいやつだ。
最も、私は男なんで、隙があっても届かぬ想いだが。もっと「先輩、先輩」って頼られたい。安野との時間を長くとりたい。そんなことばかり考えている、悪どいやつなのだ。
仕事にジムに、ほとんどの時間を一緒に過ごしてきた。それでももっともっと、と思う私はおかしいのだろうか?
今日にでも誠一郎に電話して聞いてもらおう。
宅飲みは延々と続いた。やれ係長がどうだの、同僚の平野さんがどうだの、人の恋愛話までした。
こういうところは女子トークと変わりはない。
とても楽しい時間を過ごした。
◇
夜になって、恒例の電話タイムだ。
「もしもし?」
『もしもし?』
「私だけど、安野くんね、あなたのことすっぱり忘れることにしたって」
『でしょうね』
「え?」
『相原さんとケー番とメルアド交換したらしいよ』
「えっ……いつの間に……」
『いつの間に、じゃないよ。俺は友達は傷つけたくないんだ。そこのとこ、安野くんにちゃんと言って聞かせといてね』
電話を切ってからもしばらく放心していた。
安野はそんなに軽い男じゃないと思っていたから、余計にショックだった。
今日は眠れそうにないや。携帯で漫画を読みつつ過ごしていた。
いつの間にか眠ってしまったらしい。
私は朝風呂を浴びると出勤へ備えた。
髪もずいぶん伸びてきていて、ワックスでくしゃくしゃっとすると、癖毛がいい感じに決まった。
顔も痩せたら結構イケメンになった。
今なら自信を持って告白でも何でもできそうな気がするが、いかんせん相手は男だ。まともな返事は返ってこないだろう。
クリスマスイルミネーションを見ながら、私は自転車で通勤するのだった。
◇
今日は係長の虫の居所が悪いらしい。
出勤早々呼び出された。
係長は仏頂面で言った。
「お前、来週からうちの係長になったから」
「えっ?」
「俺は工場の方の担当になったから。まあ、座れよ」
「はい……」
係長は缶コーヒーを手渡してくれた。
「思えばお前とは長い付き合いだったよな……」
「はい……」
わからないが合いの手を入れる。
「入社したてのお前を誰より俺がかっていた」
「はぁ……」
「きつい思いをさせたと思う。すまなかった」
係長がコーヒーを口に含んだ。私もコーヒーのふたを開けて一口飲んだ。
「だがな、本宮。お前には係長、いや、それ以上やれると俺は最近思うようになった。ダイエット一つにしても、やり遂げるというのは、生半可な根性ではできない」
「はい」
そう言ってまた一口飲んだ。
「今は内定という立場だが、じきに上の方から辞令が降りると思う」
「係長は……係長はどうなるんですか?」
「俺は現場に戻る。係長としてな」
現場の係長……それはいわゆる左遷、だった。
「本宮、俺のあとをよろしく頼む」
係長は頭を下げた。
「そ、そんな、頭をあげてくださいよ」
それでも係長は頭をあげなかった。
私も頭を下げた。係長は意地悪であんなに仕事を押し付けたり、嫌みをいったりしていたのは嫌いだからだと思っていた。
それがこんなに思ってくれているとは思いもしなかった。
係長は泣いていた。私も、少しもらい泣きをしたのであった。




