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私は一人じゃない。誠一郎がいつもそばにいる。

そう思っただけで勇気が湧いた。



安野はいつも一緒にいてくれる。ジムも一緒になったから、ほとんどの時間を私と過ごしている。

それでも、安野の気持ちがここにないことはわかっている。

安野はいつも口癖のように、

「沙織ちゃんは今なにしてるんでしょうか……」

と口にした。

メールはそこそこにやり取りしているようだったが、ラインはつないでいないらしい。

私はそれを誠一郎から聞いて知っている。

安野はなにも知らずに口癖のように繰り返した。

「沙織ちゃんは今なにしてるんでしょうか……」

「そんなに気になるならメールしてみれば?」

と言うと、安野は

「今はまだ授業中でしょうから、お昼休みにメールしてみます」

と返事をした。

この会話が日常になりつつあった。


最近では私もそこそこに敬語を使えるようになり、周囲からの訝しげな目もずいぶん減った。

目に見えて痩せてきたし、係長からは

「お前、癌だろ」

とか言われる始末だった。

私はやんわりとそれを否定した。

以前の私だったら突っかかって文句の一つでも言うところだが、今はずいぶん大人社会のこともわかってきて、それはしないでおいた。




宮本さんはいつも変わらず私にいろいろ教えてくれる。

腹筋も二十回連続で出来るようになったし、それをワンセットにして三セットこなせるようになっていた。

私のお腹は見る見るうちに痩せていき、今は腹の上に少し肉が乗っている段階まできていた。体重は先月よりまたマイナス五キロ。これで十二キロほど痩せたことになる。

そのほとんどが腹の肉だったとわかったとき、私はジムに通って本当によかったと思った。


髪の毛もずいぶん伸び、今はスポーツ刈りのようなヘアスタイルになっている。坊主だったときは係長から散々言われて最悪だったけど、今はそんなことも気にならない。

痩せてきて、鏡を見るのも嫌ではなくなってきていた。


シャンプーもスカルプヘア専門のシャンプーに変え、毎日二回は確実に髪を洗うようにした。すると、臭いもほとんどしなくなってきた。


すべてが順調だった。安野のことを除いては。





安野は悩んでいる様子だった。きっと誠一郎のことだろう。

「先輩、沙織ちゃんの好きな人って誰なんでしょうね……?」

「そんなの、沙織に直接聞けばいいじゃん」

「これ以上嫌われたくないんですよね……」

私はいらっときて言った。

「所詮その程度の想いってわけね……」

「それ、どういう意味ですか?」

「自分の気持ちも伝えず、あぁ、俺って可哀想って、そうやっていつまでも悩んでるのがぴったりってこと!」

かなり強い口調で言った。

「なんだって?!」

安野は立ち上がり私の胸ぐらを掴みあげた。


だが、ここは事務所だ。

周囲の目が痛い。


そのことに気づいてか、安野は一旦手を離した。

そして自分の仕事に没頭し始めた。

私も重い空気の中、仕事に手をかけた。



昼ご飯は別々にとった。


こりゃ相当怒らせたな……

でも、自分から動かないであれこれ悩む気持ちは私にはわからない。

そんなことなら最初から好きにならなければいいんだ。と思った。

私がこんな、男の身体じゃなければ、とっくのとうに話がまとまっていたはずだった。


しかし、自分は今は男である。それは越えられない壁である。


こんなことなら、安野を好きになんてならないようにすればよかった。

こんなに辛い思いをするのだったら、誰のことも好きにならなければよかった。


そう思いながら今日は残業もジムにも行かず帰宅した。


帰宅すると誠一郎が本を開いて勉強していた。


本から視線をあげると、

「珍しいね!こんなに早いなんて!塾サボっちゃうかな?」

とハイテンションで言ったが、私はそれを一喝した。

「塾に通わせてもらっているんだから、行きなさいよ」

しかし、今日の誠一郎は負けなかった。

「せっかく沙織が早いんだもん、なんか食べに行こう!そうしよう!」

私ははぁ、とため息をつくと、誠一郎と一緒に食べに出掛けたのであった。

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