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私は誠一郎が来てくれたとき、死ぬ気で喜んだ。

というのも、頼りの綱の安野が誠一郎を好きといって、たった一人、大宇宙でひとりぼっちな気分になっていたからだ。


誠一郎がどうして来てくれたのか、わからない。だが、嬉しかったのだけは事実だ。


私は悔し涙と嬉し涙と、その両方で泣いた。


今まで一人で闘ってきたと思っていた。

でも、それは違った。誠一郎だって、闘ってきたのである。

一人じゃない……それは私に勇気をくれた。明日へ向かう希望をくれた。

一人じゃない……そうわかった時点で、独りでに涙が止まらなくなっていた。


誠一郎がハンカチを差し出す。

どこかで見た光景……そう、事の始めで見た景色だった。


泣きながら仕事を終え、帰ることにした。


時刻は一時を回っている。

私は誠一郎を先導するように自転車を走らせた。





翌日目を覚ました私は、一番に誠一郎にメールをした。

昨日、遅くなったから起きたかどうかも知りたかったし、何よりお礼が言いたかったのだ。


「昨日はありがとう。ちゃんと眠れたかな?」

十分ほど経って誠一郎から返事が来た。

『眠れましたよ!沙織はもう大丈夫かな?』

「私はもう、大丈夫。今日も安野くんが怒ってるようだったら話してみる」

『頑張って!って俺が言える立場じゃないですけど、頑張って下さいね!』

どこまでも誠一郎は優しい。


その言葉にまた涙を流す私だった。



職場へ行くと、安野が来ていなかった。

係長に尋ねると、

「この忙しい中で風邪だっていうんだ。今日は安野くんの案件、急いでるやつを先にやってくれ」

全くもう、と言いつつも機嫌が悪くない係長。

なぜか?

それは私に仕事を押し付けることができたからである。

目に余る係長の嫌がらせは相変わらず続いていた。いつもは助け船を出す安野の休み。それは私にとっても痛いところであった。


昼休み、屋上から安野に電話をしてみるが、出ない。

メールをしてみるが、返信がない。


私は安野の案件と、自分の急ぎの分の仕事を、なんとか定時で終わらせ、栄養ドリンクなどを買い込み、庶務に聞いた安野のアパートへと足を伸ばした。

ボロいアパートだった。そりゃそうだ、あんだけ安月給なのだ、私を含めて、いいところになんか住んでいる余裕がある人はいないだろう。


私は階段をあがると、一番奥の二四号室のチャイムを鳴らした。


すると、中から音がして、やがてカチャッと鍵が開けられた。


「私です、本宮です」

「先輩……」

安野の風邪は大したことはなかった。


私は上がり込んでお粥を作った。

他にもゼリー栄養剤なども購入してきていたので、適当に食べてもらうことにした。


「先輩……昨日はすみませんでした」

先に謝ってきたのは安野の方だった。

「なにが?」

わかっていて、あえて私は聞いた。

「昨日先輩を無視したことです」

「無視?そんなことされたっけ?」

あえて誤魔化す。

「昼休みも無視して飯食いに行ってしまいました」

「たまには外食もいいじゃん」

「先輩は優しすぎです」

安野がかるく笑って言った。

「私からも謝らねばならない。昨日、安野くんのことを好きにならない、と言った理由……」

「はい」

「沙織には実は以前から好きな子がいるらしいんだ。その子の話を聞いてみたけど、一向に答えてくれないの」

安野はしばらく考えると言った。

「そのくらいのこと、覚悟はできています」

と言い切った。

私は言葉を失った。たった二度か三度あっただけの女子に、そこまで思わせるのは何だ?と思い、尋ねてみた。

「俺は、彼女の清楚さが好きなんです」

清楚……私が中身だった頃は縁遠かった言葉だった。

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