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私は誠一郎が来てくれたとき、死ぬ気で喜んだ。
というのも、頼りの綱の安野が誠一郎を好きといって、たった一人、大宇宙でひとりぼっちな気分になっていたからだ。
誠一郎がどうして来てくれたのか、わからない。だが、嬉しかったのだけは事実だ。
私は悔し涙と嬉し涙と、その両方で泣いた。
今まで一人で闘ってきたと思っていた。
でも、それは違った。誠一郎だって、闘ってきたのである。
一人じゃない……それは私に勇気をくれた。明日へ向かう希望をくれた。
一人じゃない……そうわかった時点で、独りでに涙が止まらなくなっていた。
誠一郎がハンカチを差し出す。
どこかで見た光景……そう、事の始めで見た景色だった。
泣きながら仕事を終え、帰ることにした。
時刻は一時を回っている。
私は誠一郎を先導するように自転車を走らせた。
◇
翌日目を覚ました私は、一番に誠一郎にメールをした。
昨日、遅くなったから起きたかどうかも知りたかったし、何よりお礼が言いたかったのだ。
「昨日はありがとう。ちゃんと眠れたかな?」
十分ほど経って誠一郎から返事が来た。
『眠れましたよ!沙織はもう大丈夫かな?』
「私はもう、大丈夫。今日も安野くんが怒ってるようだったら話してみる」
『頑張って!って俺が言える立場じゃないですけど、頑張って下さいね!』
どこまでも誠一郎は優しい。
その言葉にまた涙を流す私だった。
職場へ行くと、安野が来ていなかった。
係長に尋ねると、
「この忙しい中で風邪だっていうんだ。今日は安野くんの案件、急いでるやつを先にやってくれ」
全くもう、と言いつつも機嫌が悪くない係長。
なぜか?
それは私に仕事を押し付けることができたからである。
目に余る係長の嫌がらせは相変わらず続いていた。いつもは助け船を出す安野の休み。それは私にとっても痛いところであった。
昼休み、屋上から安野に電話をしてみるが、出ない。
メールをしてみるが、返信がない。
私は安野の案件と、自分の急ぎの分の仕事を、なんとか定時で終わらせ、栄養ドリンクなどを買い込み、庶務に聞いた安野のアパートへと足を伸ばした。
ボロいアパートだった。そりゃそうだ、あんだけ安月給なのだ、私を含めて、いいところになんか住んでいる余裕がある人はいないだろう。
私は階段をあがると、一番奥の二四号室のチャイムを鳴らした。
すると、中から音がして、やがてカチャッと鍵が開けられた。
「私です、本宮です」
「先輩……」
安野の風邪は大したことはなかった。
私は上がり込んでお粥を作った。
他にもゼリー栄養剤なども購入してきていたので、適当に食べてもらうことにした。
「先輩……昨日はすみませんでした」
先に謝ってきたのは安野の方だった。
「なにが?」
わかっていて、あえて私は聞いた。
「昨日先輩を無視したことです」
「無視?そんなことされたっけ?」
あえて誤魔化す。
「昼休みも無視して飯食いに行ってしまいました」
「たまには外食もいいじゃん」
「先輩は優しすぎです」
安野がかるく笑って言った。
「私からも謝らねばならない。昨日、安野くんのことを好きにならない、と言った理由……」
「はい」
「沙織には実は以前から好きな子がいるらしいんだ。その子の話を聞いてみたけど、一向に答えてくれないの」
安野はしばらく考えると言った。
「そのくらいのこと、覚悟はできています」
と言い切った。
私は言葉を失った。たった二度か三度あっただけの女子に、そこまで思わせるのは何だ?と思い、尋ねてみた。
「俺は、彼女の清楚さが好きなんです」
清楚……私が中身だった頃は縁遠かった言葉だった。




