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沙織はいつも元気だ。

だから、そんな声で電話してくるなんて思いもしなかった。


沙織は沈んでいた。

「どうしたの?」

と聞いても

『なんでもない』

としか言わない。何かあったから電話してきたに違いないのに。

「今日はジムには行ったの?」

『行ってない。っていうか、まだ仕事中』

「仕事中って、もう十二時過ぎてるよ?!」

『終わらなくて……』

「そんな量の仕事してるの??」

『量はたいしたことない……ただ、なんだか寂しくなっちゃって』

「寂しい?」

沙織は一瞬沈黙する。

そして尋ねてきた。

『誠一郎……安野くんのこと、どう思う?』

「どうもこうも……ただの同僚ですよ」

『安野くんが誠一郎のことを好きだと言っても?』

俺はギョッとした。だが、そう考えれば、メールの件もかたがつく。俺のこと好きだから、諦めずメールをしてきているのだとしたら……

「俺は……」

『俺は?』

「す、好きな子が他にいますから!」

『ふへっ??』

電話の向こうで変な返事をする沙織。


俺は好きな子、と名言してしまってから、ハッとした。

俺、沙織のこと、好きなんじゃ?

気になる程度に思っていたが、もしかして、俺ホントに沙織のこと好きなんじゃ?

いつからだろう、この気持ちは。


『じゃあ、安野くんにそう言ってあげなよ。可哀想だから』

「だって、まだコクられたわけでもないのに、そんなこと言えないよ!!」

『――その、好きな子って、ちなみに誰?私が知っている人?』

「し、知らない人だよッ」

反射的にそう言った。沙織に知られたくない、そう、思った。

『知らない人かぁ……この身体に戻れたら、コクるの?』

「いや、叶わない想いだから、そのままにすると思う」

だって、沙織は女子高生だ。デブキモな俺からコクったって、どうせ嫌われるに限っている。


しかし――

「なぜいきなり安野くんのことを言い出したの?」

これはわかっていた。この間説教を喰らっているときに、安野の名前は何回も出てきた。

少なからず好意は持っているはずだ。


『それは、安野くんが私に相談をしてきたから……』

「えっ?」

『話の流れでそういう話になっちゃって、その……』

「もしかして仕事が終わらないことと関係ある?」

『もやもや悩んでたら遅くなっちゃって……』

俺は強い口調で言った。

「今からそっちいくから待ってて!!」

『えっ?十二時過ぎてるよ。今から出るなんて無理だよ』

「こそっと出ていくから大丈夫だよ。沙織はまだ職場だよね?俺、すぐ行くから!じゃ!!」

電話を切ると、ジーンズとTシャツに着替えた。

こっそり部屋を抜け出して、両親が寝ていることを確認し、スニーカーを履いて出発した。


自転車を漕ぎながら、俺は何をやっているんだろう、とまたマイナス思考のスパイラルに陥りそうになった。

昔はよくマイナスのスパイラルにはまっていたものだった。今、沙織の姿になってからはそんなこと思いもしなかったのだが、今回は違った。


沙織に会ってどうするか。そんなもん知ったこっちゃねえ。

ただただ、沙織に会いたかった、それだけだ。

会って励ましたい。


己の欲望のままに動いていたが、それが間違いだとは思いもしなかった。

まもなく会社についた。

俺は慣れた手つきで暗証番号をいれ、会社に侵入した。あとは誰にも会わずに総務課まで行くだけだった。

総務課までの道のりが遠く感じられた。

運よく警備会社のひとにも見つからずに俺は総務課のドアを開けた。

一人でポツンとデスクに灯をともしている人物がいた。沙織だ。


この会社を離れて二ヶ月が経っていた。すごく懐かしい。


沙織は慌てて立ち上がった。

俺は安野の席に座ると、書類を半分預かった。

安野のデスクのパソコンを立ち上げる。

しばらくの沈黙。

俺は沈黙したまま、仕事を始めた。

少し経って沙織が俺に謝ってきた。

「……ごめん」

「なにが?」

「こんな夜中に来てもらって」

「それだけ?」

「うん……」

俺は仕事を片付けると、沙織に近づいた。

沙織は泣いていた。ぽろぽろと大粒の涙を流して。

何にも知らない人が見れば、大の男が、ましてやこんなおっさんが泣いているなんて恥ずかしいと思っただろう。

しかし、沙織は入れ替わってからというもの、文句も言わず、ただただ一人で闘ってきたのだ。

俺は沙織を抱き締めると、優しく涙をぬぐったのだった。

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