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二キロ減ったことで大喜びしていた私は、
『二キロくらい誤差の範囲じゃない』
と言う誠一郎の言葉で深く傷ついていた。
仕方がない。確かに誤差の範囲だ。
私は明日会えるというのに、安野に電話をかけていた。
『はい、安野です』
「いやー、ごめんね。たいした用事じゃなかったんだけど、電話しちゃった」
『いいですよ。俺も今暇してたところなんで』
本当に暇していたかどうかはわからないが、とりあえず電話できることで安心した。
「私さ、体重が二キロ減ったんだよ」
『すごいじゃないですか!まだジムに通いはじめて一ヶ月ちょっとなのに、効果が出てるんですね!』
そう、私の欲しかった返事はこっちだった。
『それに最近、先輩の顔が痩せてきたなって思ってたんですよ!』
私、そう?と調子に乗る。
「それで沙織に喜びの電話を入れたんだけどね」
はい、と安野が返す。
「二キロなら誤差の範囲じゃない、って言うんだよ!ひどいと思わない?」
安野が少し黙った。
「どうした?」
と聞くと、私と電話する直前に安野から誠一郎へ電話を入れていたらしい。
『俺ってうざいですか?』
安野の言葉にうまいこと返せる返事がなかった。
「うざくは……ないと思うよ」
『それならいいんですが、沙織ちゃんに嫌われているんじゃないかと……』
私は生唾を飲み込んで、そして聞いた。
「安野くんはさ……沙織のことが好きなの?」
すると電話の向こうで安野が激しくむせた。
『好きなのと聞かれると……正直に、気になってます』
私は頭の上に重たい石が落ちてきたかのような気分になった。
本人から直接聞くと、やっぱり。
『あっ、でも先輩の彼女候補さんなんで、何をするという気持ちもありませんよ!』
明らかに焦っている安野。
私は
「彼女候補とかじゃないから別にいいけど、あいつが安野くんを好きになるってことはないと思うよ」
と、思わず言ってしまった。
『なぜですか?先輩?』
そりゃ中身が男だからね、とは言えず、曖昧に誤魔化していたところ、安野が
『やっぱり沙織ちゃんは先輩のことが好きなんですね……』
半泣きで言う。
「だから、私と沙織はそんな関係じゃないって」
『でも、先輩、俺のことを好きになるはずがないって……』
「人にはいろいろ事情があるんだよっ!」
ちょっと強く言いすぎたかな……
『わかりました。でも、俺は諦めませんから』
と言ってきた。
私はわかった、とだけ言うと電話を切った。
胸がチクチク痛んだ。
◇
翌日出勤すると安野は普通だった。
私も昨日の罪悪感こそあったが、普通に接していた。
お昼休みになり、弁当を出すと、安野は無言で事務室を出ていった。
私はすぐに帰ってくるだろうと思って、屋上のいつもの場所で待っていたが、一向に戻ってくる気配がない。お昼休みも終わってしまうので、弁当を掻き込んで食べると事務室に戻った。
安野はもう戻っていた。
「今日は外で食べたんだ」
と声をかけると、
「別に」
という返事が返ってきた。
安野、怒ってるよ、超怒ってるよ。
いつものように残業の支度をしていたら、
「お先に失礼します」
と言って帰ってしまった。いつもの彼なら
「先輩、自分も手伝います」
と言ってくるのに……
でも、私は怒られるようなことはしていない。誠一郎のことだって、事実を訴えただけだ。
怒る方が間違っているんだ、と自分に言い聞かせて目の前の伝票の山を見つめた。今日はジムに行けそうにないな、そんなことを考えていた。




