26
ひとしきりしゃべった後、俺はアパートを後にした。
安野とは普通に会話できたし、まあ、よかったかな。
しかし、沙織のことをみんな人が変わったみたいだと言っているのはヤバかった。そのままにしておくとばれるんじゃないかと、不安だった。まぁ、安野にもうまく誤魔化していたし、なんとかなるか……と思いつつ自転車のペダルを踏み込んだ。
帰宅して夕食を食べると、母が茶碗を洗おうとしていた。
「俺がするよ」
と言って代わったが、母が
「代わってくれるなんて、別人みたいね。俺だなんて、男の子みたいな言葉遣いやめなさいね」
と、コロコロ笑いながら言った。
別人、という言葉に反応しつつ、俺は茶碗を洗った。
やっぱりみんな怪しんでる……?
茶碗を洗い終えて二階へいくと、沙織に電話した。
「やっぱり、みんな別人みたいだって言う……」
『そりゃ別人なんだから仕方ないっしょ』
けんもほろろである。
「とにかく、俺、私って言うように努力してみる。あと、タメ口もそろそろできそうかなって」
『ふうん、いいんじゃない?私は敬語は相変わらず使えないけどね』
「少しは努力してくれよ!」
『少しはするわよ、少しは、ね』
目一杯努力してくださいと言いたい気持ちを抑えて俺は電話を切った。
やっぱり、怪しんでるよね……明日からタメ口にチャレンジしなきゃ。
そう思いながら眠りについた。
朝からばたついている中、久しぶりに安野からメールが来た。
『昨日は邪魔してごめんね。』
と、短い文章。
とりあえず
『こちらこそ、お邪魔してごめんなさい。』
とメールを返した。
すると、直ぐにまたメールが来た。
『沙織ちゃん、俺のこと迷惑?』
迷惑、と返してやろうかとも思ったが、それじゃあまりにも安野が可哀想だなと思い、
『全然迷惑なんかじゃありませんよ。忙しくてメール返せないだけで……』
と返事をしておいた。
電車に乗ると、相原を発見した。
同じ電車だったんだ。相原に近づいて行きながら相原の様子を伺う。何か様子がおかしい。後ろを気にしている。
はっと気づいた。痴漢だ。
それに気づいた俺は、人混みをかき分けながら相原の元へと急いだ。そして、痴漢の手を握ると、ギッと睨み付けて言った。
「おじさん、痴漢はいけないよ」
痴漢はたじたじになり、次の駅で降りて行った。
大声をだしてもよかったのだが、相原が恥ずかしいだろうと思ってやめておいたのだ。
「あ……ありがとう」
話を聞くと、この一ヶ月の間、ずっと痴漢されていて悩んでいたと言う。
だが、あまりにおとなしい性格ゆえに誰にも相談ができずにいたらしい。
俺は話を聞き、頷くだけだった。
そうして俺と相原は話をするようになっていった。クラスでも、だ。
◇
しばらく経ってからまた安野からメールが来はじめた。
内容は他愛もない世間話などだった。俺はそのくらいならいいか、と思って話を聞いた。
沙織とはあれ以来会えていなかったが、電話で話をしたりしてなんとか繋がっていた。
『やったぁ!二キロ減ったよ!』
と、電話口で喜ぶ沙織。
俺は
「二キロなら誤差の範囲じゃない?」
と返した。これは、大いに沙織を不機嫌にさせた。
沙織は少し黙ると、淡々と俺に説教をたれた。
その中に何回も安野の名前が出てきた。俺でもわかるくらいに。安野のことが好きなんだな、と。
だが、あえて黙っていた。
本人は気づいているのだろうか?
そして、それがわかるようになった俺は、猛烈に沙織を意識するようになっていった。
俺の意思とはうらはらに。




