25
その日私は、安野を宅飲みに誘った。
ジムに通った後、あーだこーだ、言いながら楽しく帰宅をした。
ところが、アパートまで来ると、誠一郎の自転車があった。
今のタイミングで二人を会わせたくはなかったのだが、仕方がない。
安野は誠一郎に好意を持っているのだ。
一瞬躊躇したが、思いきってドアを開けた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
と笑顔で迎えてくれた誠一郎が表情を固くした。
安野を見て固くなったのだ。
これは明らかにヤバい状況である。
知らないふりをするのがやっとだった。
知らないふりをして、安野を中へ呼び込むと、おもむろに酒の準備を始める。
「そういえば、先輩、禁煙してるんですね」
オーディオの上にタバコの箱が置かれていた。
「ま、まぁ、そんなところかな」
そういえば誠一郎はヘビースモーカーだと少し前に聞いたような。
でも、私は吸う気がないし、そのまま放置しておいたのだ。
「最近の先輩はすごいですよね!弁当も作ってくるし、会社でもバリバリだし、ホントに人が変わったみたいだって思いますよ」
人が変わったみたいだって……変わったんです。って言いたかった。でも、我慢した。
誠一郎はゲームに興じている。
そんな中で始まった、定例の係長こき下ろし。
すると誠一郎が話に入ってきてしまった。
私はただただ話を合わせるだけだった。
その話の中でもまた出てきた
「人が変わったみたい」
「別人だって」
その言葉に引っ掛かった私より先に、誠一郎が言った。
「具体的に誰が何と言っていたか教えていただけませんか?」
「いやー、あの、みんな悪気があって言っているわけじゃなくて……」
「そんなことはわかってます」
安野は明らかに困っていた。
そんな安野に助け船を出せるのは私だけだ。
「そんなこと、いちいち知らなくていいじゃない?沙織、塾は?」
「今日はサボった」
「自分から言い出しておいて行かないとか、それヤバいっしょ」
「たまには休息も必要なんです」
なんとか話題の方向転換が出来た。
ホッとする私。
だが、安野はまだ考えていた。
「平さんと安西さんが『なんか最近別人みたいに仕事ができるようになった』って。平野さんと青木さんが『コーヒーに砂糖とミルクを入れるようになった』って。南さんが、『挨拶をしてくれるようになった』って。あとは係長が『最近残業が減った。仕事量をもっと増やそう』って」
真面目な安野。わざわざ思い出してくれたのだ。
「他の人も、うんうん、って頷いていたので、同罪かなと……」
「同罪って、罪じゃないよ、別に!」
私が言うと安野は頭を振った。
「事実、俺も先輩がまるで別人だなって思うことがあったし……」
「どんなところが別人だって思ったの?」
安野は言いにくそうに、
「まず、しゃべり方ですかね。確か前まで先輩、俺って言ってたと思うんですよ。それから、少し女っぽいしゃべり方するなって……気を悪くしたらすみません」
はぁ……と私はため息をついた。
安野の言うことは当たっている。一人称で私、と使う人はサラリーマンでもごまんといるので気にしないでいいだろう。
ただ、しゃべり方となると別だ。これは小さい頃から積み重ねてきているもので、社会人経験のない私にとって、敬語が最大の壁だった。
それこそ、誠一郎のように普段から使いなれていないと付け焼き刃じゃきかないものだった。
私は悩んだ……悩んだ末、安野に本当のことを打ち明けよう、そう思って、しゃべろうとした瞬間、誠一郎の青ざめた顔が見えた。
やっぱり言っちゃダメだ!
「話し方、女っぽいかな?俺を私に変えたのは、普段から言い慣れていないといざお客様の前で、俺って言ってしまいそうだからね。話し方が女っぽいのは、実は積極的になれるセミナーを受けたからかもしれない。」
なんてうまい嘘を思い付くんだろう。
安野は不思議そうな顔をしつつ納得していた。




