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カラオケに入ってすぐはおしゃべりタイムで、俺はなんとかギリギリ二人の話を聞いていた。
まだ歌っているほうが気が楽だった。
「でもさー、なんで急に塾とか行きたくなったわけ?」
「そうだよ!沙織ん家は放任主義で遊び放題だって、こないだいってたばかりじゃん」
二人に詰め寄られ、俺は焦りながら答える。
「じ、実は成績ががくんと落ちちゃって、志望校に受からないかも……ってなわけで」
すると二人はブーブー言う。
「志望校ってどこよー」
「そうよ、いつの間に決めたのよー?」
二人はさらに詰め寄る。
「早稲本大学に行こうかと……」
「えー、じゃああたしも行くー」
「えっ?じゃああたしもそこ志望校にするー」
みんな適当である。
俺としては新しい場所で、新しい人間関係でやり直したかったから、ちょっと背伸びをして言ったんだけど、二人はそうはとらなかったみたいだ。
「と、とにかく歌いましょう?時間勿体ないし」
「それもそうだね」
「あたし、キューティーパニー歌うー!」
とりあえずホッとする。
「沙織、次順番入れてよ」
カラオケの機械くらいは仕事の飲み会で知っていたが、今のはボタンが多すぎ。普通曲リストの本を見ながら番号いれるんじゃないんだ?
悪戦苦闘して入れた曲はウルトラマンエイトだった。
「今日はマニアックな曲でいきまーす!」
さりげなくアピールしたものの、二人はついてこれない様子だ。だが仕方ない。俺は流行りの曲なんて知らなかったのだ。
瞳がRADWIMPZの曲を歌った。曲自体はしらないが、とてもうまいということだけは充分伝わった。
すごくはまりそうな曲。
「RADWIMPZっていいね!いい曲多いね!」
「はぁっ?あんたこないだライブ行ってたじゃん」
しまった。余計な一言だった。
しかし、言い訳だけは得意な俺には敵わない。
「だから、しみじみといいね!って言ったんです!あ、次俺だ」
マイナーなアニソンを連発する俺。だが二人はそんな俺の曲をきちんと聞いてくれた。
俺はそれが嬉しかった。
カラオケが終わって、おやつ食べにいこうという話になり、先日の甘味処へ行った。
今日は席も空いていていい席に座れた。
「あー、あたし、なんにしようかなぁ」
「沙織はもう決まってるんだよね?」
「はい。『いつものやつ』にしようと思って」
「やっぱり〜?ホント好きだね、沙織はー」
「あたし決まった」
「あたしも」
通路側に座った俺が、手をあげて店員を呼ぶ。初めての経験だ。なんだ、やればできるじゃん、俺。今までは席に来てくれるまで待つか、ブザーのある店にしか基本的に行かなかったので、大きな進歩だ。
注文すると、少しの間静寂が訪れた。しかし、俺にこの場を打破出来るだけの技量はない。ひたすら誰かがしゃべるのを待っていた。
やがて注文がやって来る。
そこで初めて口を開いたのは由美子だった。
「沙織……正直に言おうよ。何か、隠してるでしょ」
「そうだよ。いつもはマシンガントークなのにさ」
「そ、そんなことないですよ。ふたりとも、勘繰りすぎですよ」
俺はしゃべってしまいたかった。
よく刑事物であるように、
「吐いちまえよ、楽になるぞ」
と言われている、そんな気分だ。
だが、俺は黙っていた。沙織がこの身体に戻るまで、この身体は俺が守らなきゃ、そう思った。
俺が黙っていることで、由美子と瞳は『私達にも言えない秘密があるんだ』と悟ったらしく、それ以上はなにも聞いてこなかった。不満そうにはしていたが。
今頃俺の身体で慣れない仕事をこなしている沙織のことを考えると、裏切ることは出来なかった。




