02
どうしよう。俺は今最大級の焦りで一杯だった。
タバコを買いに、ちょっとコンビニに行こうとしただけなのにこんな目に遭うとは。
彼女は、前も横もよく見ずに歩いてきたらしい。
出会い頭、思いきりぶつかり、倒れて頭を強く打った。
俺はしばらくして意識を取り戻すと、身体に違和感を覚えた。
なにこれ、俺の身体じゃない!
見ると、伸びている俺が倒れている。
よく見ると、俺は女子高生の制服を着ていた。
夢?幽体離脱?ドッペルゲンガー??
ショーウインドーをみると、やはり「コレ」が俺の身体らしい。
もしかして、これって入れ替わり?
よく俺が読む系統の小説にでてくるアレか?
小説の中ではいいなぁ、と思っている事項が自分の身にふりかかると、とんでもなく大変なことに気づいた。
とにかく、俺を起こさねば。
俺は非凡なサラリーマンだった。なにが非凡かというと、ぼっちってやつだったのだ。
以前は女の子には興味があって、出会い系とかしてみたりしたけど、最後まで行き着いたことのない、意気地無しな俺。
奥二重でパンチパーマでメガネでデブな俺が、そんな俺が道端で倒れている。
起こしたら元に戻るかな……なんて考えつつ少し焦り、俺を起こす。
「もしもーし?!大丈夫ですかー?!」
俺は意識を取り戻さない。
「もしもーし?!」
最悪なシナリオを思い浮かべつつ呼び続ける。
呼び続けて数分後、やっと目覚める俺。
俺の身体(本体)を見て驚いているようだ。
無理もない、出会い頭にぶつかっていきなりこんなことになっていたら、普通に驚くと思う。驚いている自分の姿をショーウィンドーで見たら、なんだか泣けてきた。
彼女の名前は倉田沙織。今の俺の身体の名前だ。沙織は泣き出した俺に優しい言葉をかけてくれた挙げ句、ハンカチを鞄から取り出してくれた。
俺はハンカチで遠慮気味に鼻を拭いたが、今度は沙織が泣き始めて、俺は黙ってハンカチをさしだした。
彼女の提案で、ぶつかるところからやり直すことになったが、一向に元に戻れなかった。
やっぱり緊急時とわざとでは差が大きいだろう。
結局元には戻らなかった。
「これからどうしよう……」
と俺が言うと、
「母親が心配するから、一旦家に帰らないと」
と言う。
家なんかに行って大丈夫かな?という一抹の疑問をよそに、沙織は歩き始めた。
おいおい、本気かよ…
南の方向へしばらく歩くと、でかい門がある豪邸についた。
「えっ、ここなの……?」
「そっ。ここ。門を開けるから早く入って」
「だけど、それって、俺はどうすれば……」
「早く入って!門限だけは破ったことないの!代わりに自由にしてるんだから!」
パスワードを入れ、ボタンを押すと、ガーッと音がして門が開いた。
「さっ、早く!」
と言われて戸惑う俺。
「黙ってご飯食べて二階の自分の部屋に行くといいから!お願い!」
そう言う沙織の言葉を復唱すると俺は玄関のドアを開けた。
「あら、おかえりなさい。今日は遅かったのね」
母親らしき人物に言われてさらに戸惑う俺。
「あ……はい……」
小さな声で呟く俺。
「ご飯にしましょ。着替えてらっしゃいな」
はい、と言いつつ俺は二階へ上がっていった。
部屋はすぐにわかった。ドアに名前のプレートが下げられていたからである。
「SAORI」
そう書かれたプレートの下がる部屋を開けると、そこは異空間だった。
初めて見る女の子の部屋。女の子の部屋を覗いたことのない俺には異空間だった。
着替え、着替え……って、着替え?!
俺はパニックした。
着替えって、この子の裸が見れちゃうってこと?!
ラッキースケベもここまでくるとただのビビリでしかない。とりあえずタンスを漁ると、パーカーを探しだし、昨日履いていたであろう椅子にかかっているジーンズを履くことにした。
制服に手をかけて、そしてやめる。
なんだか罪悪感があるのだ。
しかし、着替えなくてはならない。もう一度制服のボタンに手をかけた。
あとは出来るだけ見ないように、パーカーとジーンズを着た。
姿見で自分の格好を確認する俺。
よく見てみればなかなかかわいい子じゃないか。
茶髪で肩より下に緩くウェーブがかかったロングヘアー。ぱっちり二重。唇は小さく、鼻筋が通っている。小顔だ。
俺が見たことのある女の子でも、かなり上位に価する顔立ちだ。
「よし……」
と小さく呟くと俺は、興奮した胸を押さえる。
あ……柔らかい……
その感触を何度も確かめる俺。
「何してるのー?早くしなさーい?」
と階下から母親の声がして我に返った。
階下に降りると、黙ってご飯を食べ、さっさと二階に上がった。母親は特に不審に思うこともなかったようだったので助かった。
上がってから携帯をバッグの中から探し出した俺は、自分の電話に電話をかけた。
『はい……』
俺の身体に入った沙織は小さな声で電話に出た。
「もしもし?俺です。誠一郎。……大丈夫かな?このまま過ごしても……あとは注意点とかありますか?」
『気づかれてないようだったら大丈夫。それよりも、私、家がわからない……』
涙声になる沙織。
「ちょっと待って、説明するからその通りに歩いて。今どこにいるの?」
『西原公園のブランコ……』
「それじゃ公園の南口から出て……」
一通り説明を終える。
「わからなくなったらまた電話して」
と言って一旦電話を切った。