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バリカンの音が心地よく、一瞬うたた寝をしてしまった。
ハッと気づくと、髪はほぼ坊主になっていた。
洗髪台へと案内される。
坊主だからちょっと流すだけかと思ったら、きちんと洗髪してくれる。マッサージのようで気持ちいい。
しかし、お腹が苦しい。
この体勢はお腹が出ていない人向けだな、と思ったら切なくなった。
シャンプーが終わり、席にまた案内されると、ヘッドマッサージをされる。はぁ……とろけてしまいそうだ。
肩のマッサージまでしてもらう。これだから美容室はやめられない……
私は鏡の中の自分をみて、なんて醜いのだろう、と思う。坊主になってさらに太っていることが強調されたように思う。だが、仕方ない。絶対痩せてやる、と気合いを入れ直した。
お金を支払うと、ジムに自転車を走らせた。
ジムについたのは八時過ぎだった。
早速宮本さんに見てもらいながらストレッチを入念にする。
今日はこの後ウォーキングマシンでアップした後、ダンスのレッスンを受けることになった。
ウォーキングマシンには今まで散々にやられてきたので、今日こそはゆっくりスタートしてやろう、と気合いを入れた。
ウォーキングマシンを四十分ほど続けると、汗が滝のように落ちた。軽いジョギングである。
四十分を過ぎた頃宮本さんがやって来て、ゆっくりペースに戻した。今度はうまくいった。なにやらコツがあるらしく、それをつかむとすぐにウォーキングマシンには慣れてしまった。
「十分休憩を挟んだら、九時からのダンスに参加しましょうかね」
と言われた。
私はダンスは得意だった。小学校の頃、バレエを習っていたおかげもあってか、ダンスの授業は得意中の得意だった。
スポーツドリンクを飲みながらしばし休憩をとる。
「本宮さんはダンスはお好きですか?」
と宮本さんに聞かれ、
「うん、大好き。得意」
と答える。
宮本さんはうんうん、と嬉しそうに頷くと、新たな部屋へ案内してくれた。
女性が多い。
「ダンスは女性が取り入れやすいですからね」
と宮本さん。
そこに講師である女性が顔を見せた。
「大久保ちゃん、こちら本宮さんね。今日からダンスを始めることになったから、よろしく」
宮本さんが言うと、大久保と呼ばれた女性はにこやかに
「本宮さん?大久保です。よろしくお願いいたしますね」
と声をかけてきた。
「よろしく」
と私が返すと手をさしのべてきた。
わからないまま、手を出すと固く握手された。
熱血は苦手である。だがしかし、今回は痩せるためにお世話になるんだと思うと、不思議と嫌だとは思わなかった。
宮本さんが、じゃあ、あとはよろしく、と言って立ち去る。
大久保さんが、
「どうしてダンスを始めようと思われたんですか?」
と尋ねてきた。
「私、痩せたくてここに来たのに、まだ筋力とかなくて……まずは身体を動かすところからがいいだろうって」
大久保さんはうんうん、と頷くと、
「多少きついところもあるでしょうけど、しっかり見ていくので安心してください」
と優しく言った。
私はすっかり安心してしまった。
いざ、ダンスが始まると、立つ時の姿勢から、基本の動きというものを教えられた。
私は立ち方が悪いらしく、もっと背筋をピンと伸ばすようにと言われた。
基本の動きも、頭には入ったのだが、身体がうまく動かない。ついていけない。
リズムに乗る以前の問題だ。
私はダンスは得意だとたかをくくっていた。しかし、誠一郎の身体では思うように身体が動かなかった。
ジレンマが私を襲う。
イライラしてきた。
だが、今発散するのはダンスの場でしかない。
私はとにかく必死でプログラムに食いついていった。
五十分経つとダンスは終了した。
フロアに戻りながら、大久保さんが言った。
「ダンスって結構大変でしょう?」
「はい、あんなにきついとは思ってもみなかったです」
「でも、その分効果はてきめんなので、頑張ってついてきてくださいね」
笑って大久保さんは事務所に戻っていった。
私はシャワールームでシャワーを頭から浴びた。
頭から浴びたことなんて、プールの時間くらいだったが、髪を短く切ってしまったので楽勝だった。
シャワーを浴びながら、私は泣いていた。
こんな簡単なダンスすら出来ない自分の身体に。
そしてそれに負けてしまいそうになる自分の心に。
泣きながら、いろいろなことを思っていた。