18
翌朝、母親に塾に行きたいと伝えた。
母は
「いいけど、今まで成績を気にしたことなんてなかったのに?」
と聞いてきた。
「その、授業についていけなくなりまして……」
「そんなかしこまらなくて大丈夫よ。行きたい塾でもあるの?」
「それは、まだ……今日友達に聞いてみようかと思いまして」
「それはいいけど、最近言葉遣いとか、おかしいわよ。他人じゃあるまいし……」
いえ、他人です。
そう言いたかった言葉を飲み込んで、俺は茶碗をさげた。
「行きたい塾が決まったら、お母さんに言いなさいね」
と言いながら母は台所に戻っていった。
遊べなくなるのは辛いかもしれないけど、今、入れ替わった状態では、由美子たちと一緒にいることもある意味拷問だった。
だから、塾に行くと言えばそれから解放されるとも思ったのだ。
学校につき、いつも通り由美子と瞳が絡みにやって来る。
「私、塾行こうと思うんだけど、どこかいいところ知りませんか?」
「知りませんか?って、やっぱりなんか他人行儀だよ。沙織、ほんとはなんかあったんじゃないの?」
「そうだよ。今まで普通にタメ口だったじゃん」
「私たち親友でしょ?何かあったなら、話を聞くから言ってみて」
「そうよ、そうよ。何でも聞くからさ」
二人は俺の肩に手を置くと、顔を近づけてきた。
「ごめんなさい、これは癖みたいなものでして……」
「癖?」
「大学の面接を受けるかもと思って、それで……」
我ながらいい言い訳を使ったな、と思う。
だが、二人は納得がいかない様子だ。
「ぜっったい何かおかしい」
「そうよ、私たちにも言えないことなの?」
思わず俺は、入れ替わったことを話しそうになった。
だが、話さなかった。
信じてもらえるかも怪しかったし、言ってしまってからの周りの反響が怖かったのだ。
「なんでもないよ、気にしないで」
そして授業が始まった。
今日はやけに下腹が痛い。腰も痛い。
授業に専念できないほどだった。
休み時間にトイレに行って、その理由がわかった。
生理だ。生理がきちゃったのだ。
洗面台のところで待っている瞳に聞く。
「ねぇ、なんだっけ、生理がきちゃったみたいなんだけど、アレ、持ってる?」
「アレ?」
「生理の時パンツにつけるやつ」
「あぁ、ナプキンね、持ってる、持ってる」
瞳はそう言うと、ちょっと待っててと言って走って行った。
しばらくして瞳が戻ってくる。片手にはポーチを持って。
「はい、これ。昼用しかないんだけど」
「ありがとう」
と言って、個室に入ろうとして、ふと気づいて聞いた。
「これ、どうやって使うんだっけ?」
◇
トイレの一件以来、二人の疑いの目はさらに厳しくなった。
俺は神にも祈る気分で一日を過ごした。
ちなみに、塾はこのクラスで一番おとなしそうだった相原に聞いた。
相原は学年でもトップ争いをしているくらい勉強熱心だったから、そのせいもあって彼女に聞いたのだ。
彼女が通っているのは、早稲本予備校。
名前には聞いたことがあるが、距離的に行ける場所なのかどうか聞いてみた。
すると、うちへ帰る一つ前の駅から徒歩五分の距離にあることがわかった。
射程圏内だ。
俺はその予備校に決めた。
由美子と瞳には、
「予備校に通うことにしたから、あまり遊べなくなる」
と伝えた。
二人は、
「えぇーっ、なにそれー!!」
と批難したが、もう決めちゃったもんね!!と思った。
今日は塾前最後の日と称してカラオケ大会をすることになった。
アニソンしか知らないけど、大丈夫かな……?
俺は最後までためらった。
だがしかし、二人の勢いに押されて結局カラオケに入ってしまったのだった。