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パソコンを見ながらクッキング。
なかなかさまにならない。サイトのように上手くは出来なかったけど、自分では満足なお弁当が仕上がった。レタスを下敷きに、鶏の胸肉やささみをつかった料理をタッパーに入れた。あとは炊飯器のスイッチを押すと、タッパーを冷蔵庫に入れた。
誠一郎から電話が鳴る。
今から風呂に入ろうと思ったのに、なんなのさ!
電話に出ると、塾に行ってもいいかという打診だった。私的には遊ぶ時間が減っちゃうし、あまりメリットはないんだけど、元の体に戻ったらやめればいいか、と思って
「そこら辺のことは任せたわ、じゃーね」
と言って電話を切った。ちょっと冷たかったかな……
気を取り直してお風呂にはいる。一日のうちで一番安らげるときだ。
そうだ、こんど精油を買ってこよう、アロマ風呂にするんだ。
そう思いながらトニックシャンプーを使い、何度も脂を落とした。
最近は効果あってか、微妙に臭いも落ち着いてきた。
さらに、コンディショナーを使う。これはスーパーで買ってきたものだ。さすがに短髪にトリートメントはいらないと思い、買ってこなかった。
明日は仕事が終わってから、いつもいく美容室で髪を切ってもらうつもりだ。残業にならないようにしないと。
そういえば、誠一郎は残業代込みで十八万円と言っていた。それならば少しは残業もせねばなるまい。とりあえず明日は残業なしだ。
そう思って眠りについた。
翌朝。
起きたら九時だった。始業は八時半である。
私は慌てて会社の電話番号を調べ、電話した。
「すみません、寝坊しました!すぐ行きます!」
「いやいや、いいよ。有給で時間使っとくから、事故しないように来なさい」
そう言ってくれたのは課長だった。係長は不在だったらしい。
私は急いで歯磨きと髭そりを済ませると、自転車をかっ飛ばした。
会社についたのは九時半だった。
足がぷるぷるするが、仕方がない。
席につくと、安野が、
「先輩、今日はラッキーですよ!」
と言ってきた。
「どうして?」
「係長、今日は午前中有給なんです」
はぁ、それならよかった。またいびられるのは勘弁だからね。
今日も伝票入力……というか私の仕事は伝票入力が中心みたいだ。
数字の羅列に目がちかちかするが、ルーチンワークで楽である。
昼休みに入り、私が弁当を取り出すと、安野が驚いて聞いてきた。
「これ、もしかして先輩が作ったんですか……?」
「そうだよ、私が作ったの」
「先輩、料理もできるんですね!今までの先輩からは思い付きもしなかったですよ!」
「いや、ちょっとね、ダイエットを……」
そう言うと安野のほうを見る。すらりとした長身、手足が長く、小さめの顔にはぱっちりした二重の瞳となだらかな鼻がバランスよくついている。
笑顔が似合う男性だ。
私は自分のことが恥ずかしくなり、顔を下に向けた。
「先輩、屋上で食べませんか?」
安野は惣菜パンとコンビニの袋を取り出していた。
「……なんで、私に構うの?」
みんな避けてる風なのに……という言葉は控えた。
春風が爽やかに通り抜けていく。どこまでも青い空に心が溶けてしまいそうになる。
「構う……?俺は構ってもらっているのかと」
「いや、安野くんの考えを聞きたいだけだよ」
安野は真っ青な空を見上げながら言った。
「俺、入社したての頃に、大きなミスをしたことがあったじゃないですか」
わからないけど、うんうん、と頷く。
「その時、先輩が助け船出してくれて、俺は超嬉しかったんです。いつかこの人みたいになろう、って」
私は返答に困ったが、言った。
「でも、私って周りから嫌われてるっぽいじゃないですか?」
「それは係長のせいですよ。係長が怖くてみんな話しかけないだけなんです。もっとも、今こうしてしゃべれているのが不思議なくらい、先輩もしゃべりませんでしたからね」
「そっか……でも、友達っていいよね。係長が何を言ってきても耐えられる気がするよ」
私は笑顔で答えた。
「今日はここで失礼します!」
私は大きな声で退社の挨拶をした。
周囲は驚いているようだった。
そりゃ、普段しゃべらない人間がしゃべったら驚くわな。
係長がデスクの書類を指差して言う。
「まだ仕事が残ってるじゃないか!」
「それは明日入力でも間に合う分です」
そう言い残すと、わたしは自転車スペースまで行き、自転車にまたがった。
美容室に行くと、いつものスタイリストさんを呼ぶ。とりあえずパンチをなくしたい、というと、
「ほぼ坊主になりますが……」
と。私は返した。
「それでかまいません。やっちゃってください」
と。
バリカンの音が響く。
私は気持ちよく刈られていく髪をみつめていた。