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なんだか沙織からえらい勢いで電話がきた。弁当箱はどこにあるのか、と言う。
俺は弁当なんて持って行ったことはないし、弁当箱なんて持っていない。
そのことを言いかけた途中で勢いよく電話を切られた。
「なんだってんだ、もう!?」
気を取り直して風呂に入る。最近はしっかりコンディショナーとトリートメントをしている。
それはこの話に起因するものだった。
ちょうど由美子と瞳がシャンプーについて語らっていたので、コンディショナーについて聞いてみたのだ。
「コンディショナーって、使ってる?」
「あったり前じゃん。沙織、使ってないの?」
一瞬焦ったが、いい切り返しを思い付いた。
「言い方が悪かったですね。コンディショナー、何を使ってる?って言いたかったんです」
「あぁ、そういうことね。私はルックスのスーパーリッチ。トリートメントもそれだよ」
「私はダウ゛のコンディショナーとトリートメント」
「やっぱりライン使いは大事だよねー」
「ねー」
俺は恐る恐る聞く。
「ライン使いって……?」
「同じ種類の物を使うってこと」
「ねー、なんかやっぱり沙織、変だよ。そんな当たり前のことを聞いてくるなんて」
俺は焦ったが、話はそこまでで終了、チャイムが鳴った。
それ以来、コンディショナーとトリートメントについてググってみて、家にあるコンディショナーとトリートメントを使いだしたのだ。
やっぱり女の子はおしゃれしないとね!
コンディショナーとトリートメントをするようになって、髪がしっとりするようになった。
それだけに飽きたらず、ボディソープも使い始めた。
今までは石鹸一丁ですませていたが、洗顔料、ボディソープと使い分けることによって肌のしっとり感が変わってきた。
髪を乾かすときにも気を使って、全部乾かしてしまわないようにした。
これはググって知ったことだ。あまり水分が飛びすぎてもいけないという。
俺が男の時は石鹸一丁で全て洗い流し、ドライヤーはあるものの、パンチパーマにそんなものは必要なく、いつも乾かさずにいた。
しかし、沙織の髪はロングであり、乾かさないではいられなかった。
風呂をあがると、部屋に戻り、もはや恒例化したぱいもみを行った。
沙織の胸はどちらかというと小さいほうで、もんでやると大きくなる、という噂を聞いたせいもあり、綿密に行った。
「はぁ……どうして気持ちいいんだろうね、おっぱい……」
一人ごちりながら机の前の椅子に座った。
実は、成績が右肩下がりに落ちていた。
高校の授業なんて思い出せないし、先生がどんどん解いていく問題も理解できず、そのままだったのである。
元々平均辺りだった成績は完全に下がっていた。
俺はピンチを感じていた。
ましてや、一年生からならまだ知らず、二年生からの授業というのが痛かった。春先でまだページが進んでいなかったことだけが救いだった。
二時までと決めて数学に取りかかる。参考書をみながら丁寧に解いていく。
が、しかし、自分の実力には限界があった。
俺は悩んだ。悩んだ末、沙織に電話をかけた。
もう一時を過ぎているというのに、沙織は起きていた。
「なぁ……俺、塾に行こうかと想うんですけど」
『塾ぅ〜?だめだめ、遊べなくなっちゃうじゃん』
「成績が取り残されてて……」
『はぁ?あんた大卒じゃないの?』
「十五年前のこと、今さら思い出せないし、それに教科書の過程もずいぶん違うし……俺の時は英語のリスニングなんかなかった」
沙織はため息をつくと、
「まあ、私もジムに行ってるし、そのへんのことは任せたわ。じゃーね」
相変わらず頭に来る電話の切り方だったが、俺には目標ができた。
塾に通って、成績を前よりよくしてやろうと。
夜は更けていった。