表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/112

13

伝票入力。

それが目下私の仕事だ。

目は疲れるけど、ただ入力していけばいいだけの簡単なお仕事です。はい。


安野が今日もにこやかに挨拶をしてくる。

私もにこやかにそれに返す。


朝礼で、今日何をするか報告する際にも、

「伝票入力です!」

と堂々と言えた。

驚きを隠せない周囲。私、なんか余計なこと言ったかなぁ……?


朝礼後コーヒーを飲もうと給湯室に向かった私の耳に、こんな話が流れてきた。

「本宮さん、今日ははっきり仕事しますって言ったよね!」

「昨日はコーヒーに砂糖とミルクをくれだなんて言って」

「朝の挨拶も元気よくて」

「なんか〜」

「「別人みたい」」

二人の女性社員が私の噂をしていた。


ノックする私。

おしゃべりがピタッと止まって、なに食わぬ顔でドアを開ける二人。


「コーヒー……あるかな?」

恐る恐る聞くと、片方が慌ててカップを出し、言った。

「本宮さん……どうぞどうぞ」

「お砂糖とミルク……ある?」

「ありますよー。棚のここにいつも入れておきますから、では!」

そそくさと消える二人。

「別人みたい……か」

焦りはしなかった。だって別人なんだから。

ただ、今まで誠一郎がどんな生活をしてきたのか、薄々感づいてきたのだ。


誠一郎は、挨拶も出来ず、仕事もそこそこにしかできず、係長から嫌われて、社内ではひとりぼっちだったということに。


「でも、私は負けない!」

給湯室で少し気合いを入れると、自分のデスクに戻った。


戻ると、書類が山積みされていた。

係長が、

「本宮、暇だろうからそれも入力しちゃってくれ。期限は今日一日だ」

一日でこんな量をどうしろというんだ。

カチンときた私は、

「今日一日でこの量は無理です」

と反論した。

係長の顔がみるみる驚きのいろになっていく。

そして、顔を真っ赤にして怒鳴った。

「残業してでも終わらせろ!」


安野が横から、

「後で俺も付き合いますから」

と言ってくれて、その場を濁した。


入力フォームがわからなかったため、安野に聞く。

彼は優しく教えてくれた。


そこからは時間との勝負だった。昼御飯も食べず、集中して仕事を続ける私に、安野が焼きそばパンと缶コーヒーを差し入れてくれた。

安野さん、優しいな……

安野がいたから、なんとか乗り切れる気がしてきた。

終業間近には、書類はほとんど残っていなかった。もちろん、安野の協力によるものだった。


係長が、ニヤニヤしながら、

「どこまで終わった?」

と聞いてきたときには、最終の伝票に取りかかっていた。

「これで終わりです」

係長の顔色が青ざめた。

「ば、ばかな。お前があの量を入力できるはずない」

「それはどういう意味ですか?」

イラッときた私は口答えする。

「いや、ま、終わったんなら……終わったんならいいんだよ、実に……いい……」

安野が小さくガッツポーズを決めた。


帰り道、自転車を押していると、安野が駆け寄ってきた。

「本宮さん、今日のはナイスプレイでしたね!」

「安野くんがいてくれたおかげだよ」

事実、入力の大半は安野がしてくれた。私は頭があがらないな、と思った。

「どうですか?一杯引っかけて帰りませんか?」

よくドラマで見たシーンだ。

普通なら

「一杯いっとくか!」

となるところなのだが、生憎今日はジムに行くと決めていた。

それを話すと、安野は少しがっかりしていたようだったが、いってらっしゃい、と快く私の背中を押してくれた。

私は安野にお礼を言うと、重たいペダルを漕ぎ始めたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ