12
由美子と瞳は、一旦引き下がったように見せかけただけだったのだ。
駅を三つ挟み、俺はアパートへ向かった。つけられているとも知らずに。
持っていた合鍵でアパートへ入る。
ふぅ、とため息をつき、癖でタバコを手にした。
いつものごとく深く吸い込む。
「うぇぇっ」
強烈な吐き気と目眩に襲われ、シンクで嘔吐した。
唇がじんじんする。
タバコって、こんなに不味いもんだったっけ?
俺は手元にあったコップでうがいをすると、吐瀉物を流した。
ってことは、ビールも……
妙に興味が湧き、冷蔵庫のドアを開けた。
「うぃ〜っく」
俺は三十分後、出来上がっていた。
そんな俺の電話が鳴る。沙織からだ。
『もしもーし?』
「もしもひっく」
『今仕事終わったよー』
「大丈夫っく、でした、か?」
『うん、なんとかね。そっちはどうだった?』
「はい、っく、うまくいったと思います……」
だった、と断言したいほどだ。
『どうしたの?様子がおかしいけど』
「ちょっと、ビールを、っく、飲んで……」
『ちょっとちょっと、大丈夫なん?私、今からジムに申し込みに行ってくるからまだかかるよ?』
「ら〜いじょうぶ、ちょっと休憩すればよくなるから……」
『それならいいけど……』
沙織は不安そうな声をあげる。
俺はそんな沙織に大丈夫、大丈夫と言って電話を切った。
しばらくして、ガチャガチャという鍵を開ける音で目が覚めた。
ハッと時計を見ると、八時過ぎている。門限まであと一時間を切っていた。
「誠一郎、まだいるの?」
靴を脱ぎながら沙織が声をかけてきた。
「早く帰らないと門限になっちゃうよ!」
俺の身体を起こして沙織が言った。
二日酔いな気分だ。気持ち悪い。頭がガンガンする。
沙織に起こされてなんとか起き上がった俺は、いそいで帰宅準備をする。
沙織が、自転車で送っていくと言って聞かなかったので、送ってもらうことにする。
アパートから出た俺は、沙織の荷台に乗せられ帰宅した。九時、五分前だった。
道すがら、携帯はがんがん鳴った。ラインの音だ。
沙織に相談すると、メールとかでスマホに慣れてから加わったほうがいいと言われ、今日も放置プレイだった。
練習がてら、沙織にメールする。まだ帰宅していない様子。あぁ、夕飯なにか買っておいてやればよかったな、と思う。
というのも、沙織のこの、十数万円ある小遣いの使い道がわからなかったせいもあったし、なにより貧乏暮らしな俺の本体を気にしていた。
沙織からメールの返信がある。九時十五分だった。
ということは、沙織のいるアパートからここまで、約二十分自転車でかかるということだ。
自転車で送ってもらったはいいが、あまりよたよたするので、途中からは歩いて送ってもらったのだ。
俺自身、自転車なんて久しぶりに引っ張りだしたので、乗れるかどうだかわからなかったのである。よたよた走るその姿を見て、大丈夫か……?と思ったのは言うまでもない。
筋力が衰えているのだ。全然運動もしていなかったし、歩きすら面倒でほとんどしなかったくらいなので、自転車に乗れたこと自体が奇跡のようなものだった。
それにしても、一日、疲れた……
風呂場でぱいもみを満喫すると、俺は風呂をあがった。
携帯が青く光っていた。
沙織からのメールだ。
『係長からいじめられてるって聞いたけど』
「いえ、そんなことはないですよ。風当たりが少し強かっただけで」
『とにかく、明日の仕事はなにをしたらいいの?』
「伝票入力は終わりましたか?」
そういえば、今日一日、沙織がどうやって乗り切ったのか聞き忘れていたな……と思いつつ、眠りに落ちていった。




