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私は、隣の席の男性に、仕事はなにをすればいいのかを聞く決心をつけた。
大真面目に聞いているのに、へらっとした態度で教えてくれない。
「なにを今更聞いてきてるんですか?」
「いや、今日の仕事ってなんだったかなと思って」
「本宮さん、冗談きついっすよ。今日はそこのデータの入力をする予定だったんじゃないですか?」
一応、教えてくれた。
パソコンをつけ、起動を待つ。
女性社員がコーヒーを淹れて持ってきてくれた。
「あのー、砂糖とミルクはどこにあるのかな?」
聞かれた女性社員は驚きの色を見せた。
そして、
「少し待っててください」
と言うと、砂糖とミルクをわざわざ席まで持ってきてくれた。
私は女性社員にお礼を言うと、コーヒーに入れてかき混ぜた。
そうこうしているうちにパソコンが起動し、私はデスクトップ上にあるエクセルの表をクリックした。
タイトルからしても、これに違いないと思う。
書類には付箋紙がついていた。おそらくここまで入力済みということだろう。
再び隣の席の男性を呼び、この表の入力の仕方を聞いた。
男性は怪訝な顔をしながら教えてくれた。
なるほど、この数字を入力していくのね。分かりやすい仕事でよかった……
隣の席の男性はまだ訝しげな顔をしてこちらを見ている。
私はそれを振り切るようにして入力に没頭した。
気がつくとお昼休みになっていた。私はコンビニに買いに行こうと席を立つ。
しかし、コンビニの場所がわからない。
しかたなく、また隣の席の男性に聞くと、自分も行くところだから一緒に行きましょう、と言われる。
春先の暖かな風が吹く。
そんな中で、私は男性と連れ立って歩いていく。
男性の名前は安野。私より一つ後輩らしい。
安野は聞いてくる。
「本宮さんが話しかけてくるって珍しいですね」
え?そうなの?
「なんだか朝から様子がおかしかったですし、何かありましたか?」
ヤバい、何か疑われている。
「いや、たまには私にもそういうことがあるもんで」
「仕事の内容、わかってらっしゃらないんですよね?」
「えぇ、まぁ……」
「ストレス……ですかね?」
「ストレス?」
安野は伸びをしながら言った。
「先輩、結構係長から嫌がらせされてるじゃないですか」
「嫌がらせ?!」
「周りは何も言いませんけど、俺は気づいてましたよ」
「私、嫌がらせされてるの……?」
ちょっとショックだった。
いや、だいぶショックだった。誠一郎はそんなことを一言もいわなかったのだ。
「きつくなったら言ってください。俺に出来ることは手伝いますから」
安野のこの一言で、ずいぶん気分が楽になった。
コンビニへいくと、惣菜パンとサラダを買って安野を待つ。
「先輩、まだ体調悪いんですか?」
「え?なんで?」
「だってそんな量じゃ足りないですよ」
「そんなことはないよ」
と否定しつつ、昨日の食欲を思い出した。
安野にちょっと待ってて、というと、カレーを購入してきた。これで足りるだろう。お茶はカロリーオフのお茶にした。これならなんとか食べてもいい範囲内だろう。
「しかし、先輩がこんなにフランクに話しかけてくれるなんて、夢みたいですよ」
「なんで?」
「だって先輩いつも端の席で一人で黙々と食べてたし、なんか、悪いんですけど、話しかけづらいっつーか、なんつーか……」
「そうなんだ」
「そうなんだって、他人のことを言うみたいに言わないでくださいよ」
安野は笑いながら言った。
安野がいれば、なんとか安心かな……私はそう思い始めていた。
ラッキーなスタートだった。