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博人はいつものように優しく声をかけてくれて、後ろから抱き締めてくれた。

私の瞳からは、ポロポロと真珠のように涙がこぼれた。


俺は抱き締められたまま後ろを振り返った。

思わずその唇を奪ってしまうかのように見えた。


だが、博人はキスしようとしてこなかった。


「彼氏がいるのに、そんなことできない」

と博人はおおげさに肩をすくめて言った。

俺は

「彼氏とは、ほぼ、別れたよ」

と言うと、頭をポンポンと子供にするように撫でた。

「そっか、それでそんな泣いてるんだな」

「泣いてる?」

「お前、泣いてるじゃん?」

「そんなことないっ!」

私は語尾を強めて言い切った。

「ほぼ別れたってことは完全に別れたわけじゃないってことだろ?」

「それは……そうだけど」

私は悩んだ。昨日のやり取りだけ考えると別れたってことになるのかな……

どっちだろう?

博人は頭を撫でながら言った。

「悩んでるなら一緒に考えるべ?」

「なんでそう優しくするの?」

「そりゃ、沙織のこと好きだからさ。好きな人の支えになりたいって思うじゃん?」


俺はしばらく後ろから抱っこされたままで泣き続けた。

「だけど、その彼氏ってのもむかつくよな」

「え……?」

「だって沙織をこんなに泣かせてるじゃん」

「それはこれとは別だよ!」

俺は声をあらげた。

「どう違うのさ?」

「昨日の夜、二人で食事に行ったの。そのときに博人のこと、友達になったって話をしちゃって……」

「それで?」

「彼氏はそっか、って言っただけで、何も反対もしなかったの。で、部屋はいつも通り使っていいって……」

「なにそれ。それが別れ話なの?」

博人が再び肩をすくめる。

「それが、彼氏にも気になる女の子がいるらしくて……」

博人はあぁ、とため息をついた。

「それで泣いてるんだ?」

「違うの。この涙は博人のこと、ホントに好きになっていいかわからなくて……」

博人の懐はとても暖かくて、懐かしい感じがした。

それは母や父に抱っこされたときのような、思い切り甘えてもいいような、そんな居心地だった。


しばらくして博人が抱っこをやめるとき、もう少ししていてほしい、そう思って袖を引っ張った。

博人は

「なぁに?まだあまえっこか?仕方ねぇな」

と言って再び後ろから抱っこしてもらった。


俺はその居心地のよさに、とろけてしまいそうだった。


このままこの胸の中で眠ってしまいたいと思った。

もう涙は出てこなかった。





それから約一ヶ月がすぎようとしていた。

久しぶりにアパートにきた俺は、肉じゃがを作って沙織の帰りを待っていた。

八時を回り、今日はジムにでも行ったのかなと思いながら帰る支度を始めた。

そこへ帰ってきた沙織。

「おかえりー」

と出迎えた瞬間にヤバいと思った。

沙織は後ろに女の子を連れていた。

まるで酸欠の魚のように口をパクパクさせる沙織。

弁解しようがなかった。

俺は一瞬ためらったが、びっくり顔の女性に向けて言った。

「いつも兄がお世話になっております」

びっくり顔の女性はさらに目を見開いて言った。

「妹……さん……?」

「あっ、遠い親戚なんですよ、ねー、お兄ちゃん」

そう言って真っ青になっている沙織の腕を引っ張った。

「あっ、ああ、そういうこと……」

やっとのことで返事をする沙織に

「うまく誤魔化しなさいよね」

と耳打ちすると、

「私そろそろ帰らなくちゃだから、これにてー。また来るよ、お兄ちゃん」

と言ってその場を離れた。

沙織はあんな状態で大丈夫なのだろうか?

いささか不安ではあったが、二人を置いてくるしかなかった。


それにしても、よくもまあ、俺みたいな美人を差し置いてぷっくらプクプクちゃんを選んだものだ。

俺のため息は止むことをしらなかった。

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