106
略奪愛……なんてことを言うんだこいつは。
でも正直いうと、ちょっと嬉しかった。
女子校で男子と縁がない俺は、今までそんなことを言われたことがなかったのだ。そりゃあ、嬉しくもなるだろう。
しかし、沙織のことを考えるとそう簡単に心変わりはできない。
沙織のことを嫌いになったわけじゃなかった。むしろ好きなままである。
それでも博人を気にしてしまう。
沙織には言い訳ができない。
しかし、俺が男に興味を持つようになるなんて……一体、身体の変化はどこまで変化するのだろうか……
翌日も、その翌日も博人はやって来た。
俺もなんだか断れずに一緒にゲーセンに行ったりして遊んだ。沙織といるときとは違って、背伸びしなくていい恋。
沙織といるときは、いつも沙織が恥ずかしくないように、心のどこかでいつも背伸びしていた。
料理もちゃんとしたレストランに行くし、格好も着替えて女子高生より大人っぽく振る舞うようにしていた。
だが、博人は違う。格安のファミレスに行ったり、ゲーセンでも千円使うと勿体ないって言ってくれるし……しかもそのほとんどを博人が払ってくれた。俺がお金なら持ってるよ、と言うのに関わらず、だ。
俺のことをお嬢様扱いしない、それだけでも新鮮だった。
沙織からはときどき
「どこにいるの?」
とメールがあった。そのたびに
「友達とゲーセン」
などと返信していたが、徐々に沙織を重たく感じるようになってしまった。
前のように部屋で一人でゲームしていることよりも、なによりも今が楽しくて仕方がなかった。
デートは毎回2、3時間に渡った。
デートしてから塾に行く感じだ。
沙織の部屋に行くことも稀になった。
沙織からのメールはときどき届いていたが、面倒になり、返信を一時間後に送ったり、返信をしなかったりするようになった。
ある日、沙織が
「食事にいかない?」
とメールしてきた。
俺は面倒だったが、やっつけ仕事のように、塾をサボって食事に行った。
沙織は前と変わらず、いや、少しスリムになっていた。
「久しぶり」
とはにかんだ笑顔を見ると、やっぱり沙織のことは好きだな、と思う。
ずるい男だ、俺は。
今日はフレンチだ。
時折隣のテーブルでナイフとフォークの音がするだけで、音楽の音以外に聞こえるものはなかった。
沙織が
「最近仲いい友達ができたみたいでよかったね」
と言ってきた。
「あぁ、うん」
とだけ答える俺。
「うちにも新人さんが入ってね、大忙しなんだ。倉橋すみれっていうんだけどね」
それから会話はしばらくすみれの話題が占めていった。
あまりにすみれの話しかしないので、ふっかけてやった。
「ずいぶん倉橋さんの肩を持つけど、好きになったんじゃないの?」
沙織はパンを吹き出しそうになりながら答えた。
「そ、そんなことあるわけないでしょ?」
図星だった。
俺はちょうどいいタイミングだと思って言った。
「俺の友達、博人っていうんだ」
「男の子?」
「うん」
会話はそれだけだった。
あとはお互い無言で食事をとった。
帰り道、いつものように沙織が送ってくれようとしたが、俺は断った。
「部屋にはまた寄ると思うけど」
「それは構わないわ。好きなようにして」
「わかった、ありがと」
これが最後のような言い方で、俺たちは分かれた。関係はまだ、彼氏彼女のままにした。
それは沙織が言い出したことでも、俺が言ったことでもない。なんとなく、だった。
翌日、博人に会った。
博人からは
「なんか今日のお前、いつもと違う。なんかあったか?」
と聞かれたが、
「ううん、なんでもない」
としか答えなかった。




