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翌週の月曜日、私はすみれのバックアップにはまった。コンマになっているか確認作業を始めたのである。
私は細心の注意をはらってその確認を行った。
今のところ、修正箇所もなく、きちんと修正できているようだ。
私はチェックを終えると、次回の課内会議の資料作成に取りかかった。すみれの分の数字を待つだけまでに仕上げて、再びすみれのバックアップに入った。
昼休み、屋上で、相変わらずささみ料理をした自分の弁当を開き、むしゃむしゃと食べた。それから一服すると、そのままベンチに横になった。
春の日差しが暖かい。
桜はもう散ってしまって、菜の花が満開を迎えていた。
屋上には私以外の誰もおらず、気楽な昼寝と相成った。
昼休みが終わり、ベンチを離れると職場に戻った。
すみれはもう修正作業に入っていた。
私はコーヒーを自分のカップに淹れてくると、すみれの肩を叩いた。
「あと何日分ある?」
するとすみれは
「あと三日分です」
と答えた。思ったより作業が早い。
席に戻ると安野が
「倉橋ちゃん、昼休み返上で作業しています」
とこそっと言いに来た。
私は
「そうか、だから思ったより作業が早く進んでいるんだな」
と答えた。
「ろくにお昼ご飯も食べていないみたいで……先輩、注意して見ておいてください」
と忠告された。
先週から、お昼休みを返上して作業しているらしかった。私はいつも屋上か、食べに出ることが多かったので気付かなかったのだ。このやり方は偉いけれど、優秀な部下とは言えなかった。
休憩とる時はしっかり休憩する。それで仕事もきっちりこなす。これが優秀な部下だった。
すみれは昼休みも働いているので、午後三時辺りからのスピードが格段に落ちていた。
五時十五分の終業までに、あと一件分しか終わらなかった。
私はすみれに声をかけると、
「明日からは昼休みはきちんと休むように」
と命じた。
すみれは案の定
「でも、遅れているのは私のせいなので……」
と言ってきた。
そこで私は午後の効率の悪さを指摘した。
すみれは素直にはい、と言うしかなかった。
翌日、すみれの修正作業は終わった。
私はそれをチェックすると、無事修正が済んだことを確認した。
昼休みもしっかり取っているようで一件落着だった。
午後からは本来の入力作業に戻っていた。
私は課内会議の資料を揃えると課長に見せに行った。
「一時期はどうなるかと思ったよ。これで資料は全部だな?」
はい、と私は言って、課長に
「修正していたこと、おわかりだったんですね」
と言った。
「安野くんがひどく怒っていたからね。課内の人間はみんな知ってると思うぞ」
と返された。
この頃から、私はすみれを意識し始めていた。
決して美人とは言えない、誠一郎と比べるとかなり劣る……こう言っちゃいけないのだろうけど、そのくらい美人ではなかった。
ぽっちゃりしているし、癒し系と言えばそれまでだが、とにかく横に大きいすみれに、妙に惹かれた。
そんな時に係の歓迎会が行われたのである。
歓迎会の時も、安野からぐちぐち言われ、平野さんがそれを庇うといった構図が出来上がっていた。
平野さんは、いつでも、誰にでも優しい。
私もあんな傷付けるようなことがなければ、平野さんに惹かれていたかもしれない。
課内で平野さんのことを悪く言う人間はいなかった。
そんな構図が出来上がっていたところに、私は入り込んだ。
いい感じに酔った安野が、
「先輩、俺は社会人としてのルールを教えようとしてるのに、平野さんが邪魔するんです」
と訴えてきた。
私は、そんな安野をなだめたのだった。




